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孝進様はいつも生き急いでおられた

kitasendo
孝進様 

先週参加した清平2日修関連の2つ目の話題です。

清平で2日目(3月18日)の午前中に先祖解怨式が終わると、午後から誠愛ツアーに参加しました。

先ず、天福宮で聖日礼拝に参加。
この日は残念ながら文亨進世界会長は不在でしたが、チェ・ヨナ女史が説教されました。

チェ女史は、文先生のご長男である孝進様の令夫人です。
孝進様は、4年前の3月17日に聖和されたので、礼拝は孝進様の追慕礼拝として行われたのです。

チェ女史が孝進様と暮らしたのは、約10年間。
その間の体験を具体的に証しされました。

その証の中で最も印象的だったのが、
孝進様は、常に生き急いでおられた
ということです。

正確なことは忘れましたが、何年かをかけて1万曲を作ることに打ち込んでおられました。
いつ眠って、いつ起きているのか分からないような生活が続いていたようです。

食事などに対しても頓着がなく、時々一緒に外にでかけても、大抵はマクドナルド。
ゆったりした食事などは、却って嫌っておられました。

そんな様子を見ながら、チェ女史は、
「ご父母様(文先生ご夫妻)は、もっと徹した生活をしておられるのだろう」
と思ったといいます。

孝進様がいつも言っておられたのは、
「私は音楽を作ることに最も大きな喜びとやり甲斐を感じる。この音楽を通して、ご父母様に喜びを返したい」
ということだったそうです。

礼拝の最後に、孝進様のことを祈っていると、我知らず涙が流れました。

礼拝を終えて、次に向かったのが漢南洞の公館です。
文先生のご家庭を20年あまりお世話してきた婦人がおられ、その証を聞くことになりました。

その場で、私は孝進様についての証を尋ねました。

婦人が言われるには、孝進様はとにかく「ありのまま」を好まれたそうです。
取り繕った話や態度を嫌われ、自らもまた「ありのまま」で、飾らない方でした。

晩年には、文先生のご指示で、米国・ベルベディアの公館で毎週礼拝の説教を担当されました。
その説教もまさに「ありのまま」で、ご自分の苦悩や失敗を、包み隠さず話されることが多くあったと言います。

米国でその婦人がご家庭の世話をされているとき、料理を作っては離れた住居へ運んでいました。
孝進様は、その様子をじっと見ておられたようです。

ある時、孝進様はスーパーマーケットで買い物に使うカートを持ってこられ、
「◯◯ちゃん、これからはこれを使いなさい」
と言って、それを下さったそうです。

よく聞いてみると、孝進様は気心の知れた教会の二世に頼んで、近くのマーケットからそのカートを一つ持ってこさせた(有り体に言うと、無断で失敬してきた、こんなことを言っていいのかな?)のだということが分かりました。
しかし、婦人は孝進様のそういう思いやる気持ちが嬉しくて、あとで大声で泣いたというのです。

私の息子の名前にも、孝進様の「孝」の文字をいただいています。
孝というのは、人が生きる上で最も根本的な徳目だろうと思います。

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tenmondai

人間は、親孝行する唯一の動物だそうです。我が子を守るのはほとんどの動物で見られますが、親の面倒を見る動物はいないそうです。だから、『孝』が、人間の人間たる所以だと思います。

2012年03月21日 (Wed) 10:19
教育部長

tenmondaiさんへ

動物でも親は子供の面倒を見るが、子どもが親の面倒を見ることはないということですね。
良い知見を教えていただきました。
ありがとうございます。

2012年03月21日 (Wed) 11:33
kitasendo
Admin:kitasendo