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母をもっと大事にしないとなあ

kitasendo
mother 

「◯◯ちゃんがもし死んでなかったら、お前たちもこの家に帰ってこなかっただろうと思うと、◯◯ちゃんに感謝しなければいけないと、いつも思うよ」
と、私の母は同じ言葉をしばしば繰り返します。

◯◯ちゃんというのは、私の妻のことです。

今から11年前、妻は乳がんが再発して悪化し、これ以上は自分たちだけで暮らせないという状況で、私の実家に帰ってきました。
そして、それから半年後に妻は聖和(他界)したのです。

その時、息子は小学1年生、娘は4歳でした。
その息子が今年は大学受験、娘は高校受験となりました。

父も妻の3年後に亡くなったので、今では私たち親子3人とおばあちゃんと4人暮らしです。
もしあの時、私たちが帰ってこなければ、今頃私の母は一人暮らしになっていたはずです。

それを思えば、私の妻は亡くなったけれど、そのために家族で戻ってきてくれたのは、母にとっては有り難い。
理屈は分かります。

しかし、その言葉を聞くたびに、私は複雑な気持ちになるのです。
「妻が若くして死んだことを感謝されてもなあ・・・」

今夜も同じことを言うので、私もつい、
「もう、それは言わないでよ」
と言ってしまいました。

それでも、母の気持ちは、もう少し母の立場に立って理解する余地はあるだろうか・・・?

実は、今日、原理教室を開いたのですが、その中で訓読をしている最中に、訓読している御言とは直接関係のない思いがふっと来たのです。

おばあちゃんをもっと大事にしてあげないといけない

母に対する私の態度を振り返ってみると、かなりぞんざいなところがあるかも知れないな。
大切にしないといけないと思いながら、つい、感謝も足りていない。

もし妻が健康で、私の仕事がそのまま続いていれば、故郷に戻って来なかったかも知れない。
でも、父が他界した時点では、さすがに帰郷を考えていたかも知れない。

それは何とも言えませんが、いずれにしても、母は心細かったでしょう。

歳は取る。
体は弱る。
父を見送って一人になる。

その状況を想像すれば、どんな理由にせよ、息子が孫を連れて帰ってきてくれたことが、どれほど心強く、嬉しかったことだろう?
息子の妻が若くして亡くなったことを喜ぶわけでは、もちろんないでしょうが、帰ってきてくれた今の状態が嬉しく、安堵した気持ちが、あの「感謝しないとね」という言葉になって出てきたのだろうか。

母を大事にするというのは、母の心の中のそんな言うに言えない思いをも理解してあげながら、それを受け止めてあげることでもあるのかなと思ったりします。

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