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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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良心を癒す

conscience 

昨年12月に続いて、中級原理教室の後半が今日から始まりました。
参加者は隣の教会の教会員と合わせて21名。
新年早々、かなり盛り上がった教室となりました。

婦人にとっては、終日の教室に参加するだけでも楽ではないようです。

ある婦人は、今朝出かける直前に夫に反対され、気も動転して「今日はダメか」と諦めかけた。
ところが、そんな婦人の様子を見て、夫が逆に心配して、
「そんなことで車を運転していけば、どこで事故を起こすか分からん。俺が運転して行ってやる」
と言ってくれ、結局、反対した夫が教会まで連れて来てくれたというのです。

その婦人は、参加者の中でも一番元気に講義演習をしていました。

さて、教室の最初に見たのが、「良心」についての講義DVDです。

良心の声の前に、絶対服従すべき内的革命です。皆様の中で、いまだに善を指向する良心の命令と肉身の欲望を追い求める肉心の誘惑が、絶えず葛藤を続けている事実を否定できないのです。このような恥ずかしい内面の闘いを終息させるためには、良心の位置と作用をはっきりと知らなければなりません。

良心は皆様の一挙手一投足を、さらには皆様の考えまでも、一点一画の加減なく把握しています。皆様の先生よりも先に知っています。皆様の父母よりも先に知っています。神様よりも先に知っています。

このような良心の命令に逆らえば、どんな結果を招来しますか?  皆様自身が呵責を受けます。皆さんの霊魂にほこりがかかり垢がついて傷がつくのです。この傷は永遠に消すことができずに、そのまま霊界に抱えていかなければならない、恐ろしい荷物です。
( 摂理史的終末と密使の使命」2004年11月8日)

良心とは、
「創造主なる神が、人間一人一人の中に下さった神の分身、第2の神」
です。

堕落とは、
「善悪の実を取って食べてはいけない」
と必死に訴える良心の力が、偽りの愛の力に敗北したということです。

それゆえに、復帰途上にある私たちは、その力関係を逆転させなければなりません。
良心に本来の位置を与えなければならないのです。

ところが現実には、私たちの生活は良心の声に耳を塞ぎ、その命令に逆らうことばかり。
その度に「良心の呵責」を感じるというのですが、実のところ、それは良心が私を批判攻撃しているのではありません。
むしろまったく逆で、私が良心を痛めつけ、良心に傷を与えている行為だということに気がつく必要があります。

ところが、その傷は「永遠に消えない」というのです。
良心に傷を抱えたまま、霊界に行かねばなりません。
地獄というのは、このように自分の霊人体に良心の傷を多く持った人が集まるところではないかという気もします。

瞑想して、静かに自分を見つめると、自分の良心にも相当な数の傷があるような気がしてきます。
このままではいけない。

近年「癒し」というフレーズがいたるところに飛び交っていますが、最も優先的に癒されなければならないのは、他でもない、私の「良心」ではないのでしょうか。

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No title * by はちみつ
随分前の記事へのコメントですみません。
とても興味深い記事をありがとうございます。

「良心の呵責は霊界に行っても消えない」
すべての傷を消すのは無理かもしれません。
が、少しでも消すにはどうしたら良いのでしょうか?
神様を心を尽くして愛する。
目の前のことに感謝する。
嫌な人も受け入れる。

他にございますか?

コメント






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2013-12-16 * - [ 編集 ]

No title

随分前の記事へのコメントですみません。
とても興味深い記事をありがとうございます。

「良心の呵責は霊界に行っても消えない」
すべての傷を消すのは無理かもしれません。
が、少しでも消すにはどうしたら良いのでしょうか?
神様を心を尽くして愛する。
目の前のことに感謝する。
嫌な人も受け入れる。

他にございますか?
2019-01-31 * はちみつ [ 編集 ]