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愛の担保

kitasendo
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本日、研修会に参加して、本部の副局長による子女教育、家庭教育に関する講義を伺いました。

目を開かれるアイデアがいくつもありましたが、その中で、ご自分の父とのエピソードが私には印象的だったので、ご紹介します。

小学生の頃です。

時々父が、
「一緒に散歩に行こう」
と誘ったのだそうです。

いくら小学生だといっても、父親の一方的な散歩への誘いがいつも嬉しかったわけではありません。
それでもついて行くと、大抵は近くの本屋に行くのです。

本屋に入って、父と息子はそれぞれの好みの本を探して、別々の棚の前に立って本を読み始めます。
2人は互いに一言も言葉を交わすではなく、30分程度、自分の好きな本を立ち読みするのです。

30分ほど経つと、
「そろそろ帰ろうか」
という父の言葉に促されて、本は買いもせず、また2人でもと来た道を帰ります。

道々、どんな本を立ち読みしたのか、お互いに少しずつ話します。

途中の駄菓子屋に寄って、アイスクリームを2つ買い、それを舐めながら帰宅。

父子の散歩は、それだけです。
しかし、そんな父との言葉少なの散歩の記憶が、今でも妙に心に残っています。

それが息子にとって、今でも、
愛の担保
になっているのです。

子どもの心にいつまでも残る父母の愛というものは、必ずしも大きく、劇的なものとは限りません。
日常生活の中の、ささやかな配慮、自分のことを考えてくれたという実感が、大きな「愛の担保」になり得るのです。

この親子は、今でも、友だちのようにとても仲がいい。
時々実家に帰ると、お互いに自分が最近読んだ本を自慢し合うそうです。

昔、父が息子を散歩に誘ったのは、単なる思いつきだったのでしょうか。
行為それ自体は特別にだいそれたことではありませんが、父親なりに計算尽くの誘い、敢えて言えば、息子教育の一環だったような気がします。

このような心遣いは、親子関係に限りません。
どんな人間関係でも、それを円滑に、心引かれるものにしようとすれば、こんな小さな心遣いが大きな効果を発揮するものです。

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Admin:kitasendo