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人間は孝行する唯一の被造者

kitasendo
ちゅんひゃん 

このような忠孝の精神と、松や竹のように変わらない志操は、今後成し遂げられる地上天国の中枢的思想と精神になるのです。
天国は神様の国なので、その国のために永遠に忠誠を尽くさなければならず、神様は人類の父であられるので、その父に永遠に孝行しなければなりません。
世界の様々な民族をいくら試験してみても、韓国のように忠誠と志操が高い国はないので、神様は、韓国を選んで訪ねてこられるのです。
(「天聖経」p.2281)

文先生の説教の御言の中には、「忠孝」を高く讃揚するものがとても多くあります。

上の御言をみると、神様が韓国を特別に選ばれた理由の一つが、
忠孝と志操の基準が世界で一番高い
ということだと言っておられるのです。

鄭夢周(チョンモンジュ)の君主に対する忠誠。
沈清(シムチョン)の父母のために尽くす哀切な孝行心。
春香(チュンヒャン)の夫に対する志操。

いずれも高貴な人間精神の姿ですが、その中でも「孝」が最も基本のように思われます。

本日参加した研修会で、講師の方が、
人間とは孝行する唯一の被造物である
というような表現をされるのを聞き、なるほど、そういう言い方もあるのか、と思いました。

孝行というと、ふつうには、子どもがその父母に対して捧げる美の形であると考えられますが、根本的には、人間がその本源の父母である神様に捧げるものです。

人間というのは元来、神様に孝行するように創造されている。
強制される義務ではありません。
それが人間にとって、最高の喜びであり、幸福なのです。

原理講論には、人間が完成するには「信仰基台」と「実体基台」が必要であると書いてあります。
信仰とは神様のみ言葉を信じて実践することですが、信仰というと、神様と人間との間に「親子関係」があるという感じがあまりしません。

それで、信仰基台の代わりに「孝行基台」と言ったらどうでしょうか。

神様が我が子である人間の成長と完成を願って与えたみ言葉。
それを信じて守り通し、完成した姿になることによって神様を喜ばそうとする。
それはまさに「孝行」そのものと言っていいでしょう。

現代の日本で「孝」と言うと、時代遅れの古臭い儒教精神のようにも感じられますが、今後開かれる天国においては、どうやら最も重要で基本的な徳目なのです。

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