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まるくまーる(旧・教育部長の講義日記)

マイナスを消去する方法 ①

2009/10/06
信仰で生きる 0
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統一原理の堕落論によると、我々が抱える罪を大きく4つに分類することができます。いちいちの説明は省きますが、原罪、遺伝的罪、連帯罪、自犯罪の4つです。これら4つの罪に共通する、一つの重要な特徴は、それが親から子への血統を通じて「遺伝する」ということです。

遺伝すると言っても、性格や体つき、能力などが遺伝するというのとは意味合いが違いますので、少し説明が必要です。分かりやすいように、単純化した例で考えてみましょう。

ある人が、ある事情から人の財産を強奪してしまった。しかしそれを謝罪もせず、返済もしないまま他界したとします。この罪は必ず何らかの形で贖罪(罪の清算)をしなければ、消えることがありません。

神様が希求される世界は罪のかけらもない善の世界ですから、罪が生じればできるだけ早急にそれを清算させようとする原理が働きます。しかし、その本人は既に他界して霊界に移行したために、自分で清算することができません。

そこで、その罪を清算する責任が、本人に最も近い血統的なつながりを持つ子孫へと譲り渡されることになるのです。この意味合いを、罪の遺伝と表現します。

子孫本人にとって、先祖の罪を背負うことは完全な冤罪と言えますが、愛を内包した血統的なつながりの故に、逃れる道がありません。罪を犯した本人の血統を受け継ぐ多数の子孫がその罪を連帯的に背負うと言う意味では、連帯罪とも言えるのですが、その範囲が血統関係に絞られる時には遺伝罪と呼んでいいでしょう。

罪をもう少し分かりやすく表現すれば、「人から恨まれること」「人を恨むこと」と言って良いと思います。罪の反対は「人から感謝されること」「人に感謝すること」であり、これを徳とか功労と呼ぶことができるでしょう。罪を-(マイナス)、徳を+(プラス)と表すと、我々の血統とは、多くの-と+とが蓄積されている「巨大な場」だと言うことができます。

我々は誰でも、血統という場の中で、その-と+とを背負っています。そして神様の世界においては、その-を消去してゼロに戻し、いずれ+に変えていかなければなりません。この時、-を消去するために起こってくる現象の一つが、「我々が願わない出来事」だと、私は考えます。

このように考える時に、我々はなぜ「願わない出来事」にさえ感謝すべきなのかという理由が明らかになってくるのです。
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