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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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気づく瞑想

kizuki

瞑想を深める過程において、
気づく
という心の作用がとても重要です。

「気づく」というのは、普段と見方を変える感情や思い込みから脱して観察してみる、ということです。
この「気づく」ということを意識的にする前は、私たちはある考えに没頭しているのに、その没頭していること自体に気づかないのです。

どのように「気づき」の過程を深めるのか、身近な例で考えてみましょう。

● 母親に嫌な用事を頼まれた。気分が悪い

さて、私はなぜ気分が悪くなったのでしょうか?
「それは、母親が私を尊重していないからだ」
「母親の頼み方が一方的で、私の事情を考慮していないからだ」
というような答えが、先ず頭に浮かびます。

しかし、私が気分が悪くなる原因をこのように外部要因に求める限り、本当の「気づき」には至ることができません。

「なぜ、自分はそのようなことで悪い気分になってしまうのだろう」
と、自分の内面の心の動き方に焦点を合わせなければならないのです。

つまり、自分の中にどんな感情や思い込みがあって、母親の態度で自分の気分が悪くなるのか、というふうに自分の内部をチェックするのです。

すると、例えば、次のようなことに気づきます。

「どうも母親に命令されたくない自分がいるようだ。それで気分が悪いのだが、でも、なぜ命令されたくないのだろう。
同じ用事でも、母親から頼まれてではなく、自分で気づいてやっていたら、気分はどうだっただろう。
自分はなぜ、母親が願うことに自分のほうから気づかなかったのだろう」

自分の心の中をさらに深く分け入れば、もっと深い自分の内面の作用に気づき、それまで思いもしなかったありのままの自分を発見するかも知れません。

自分の気分が悪くなる原因が外部にあると考えることも、間違いではないでしょう。
世の中にはこういう考え方があふれているように見えます。

しかし、すべての原因を自分の内面に求める。
そうしない限り、問題は決してほんとうの意味で解決しないだろうと思います。

「1日15分」瞑想法 (PHP文庫) を参考にしました)

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