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摂理最大の峠だったワシントン大会

kitasendo
ワシントン 

七死復活
と言われるように、文先生はその生涯において実に7回もの死地をくぐり抜けてこられました。

しかし、生きるか死ぬかという闘いの境地は7回に留まるものではありません。
摂理の重要な峠を越える度に、それはまさに死地であったと言っていいものです。

その峠の中でもとりわけ大きいものの一つと言える「ワシントン大会」について、振り返ってみようと思います。

イエス様は2千年の歴史を持つユダヤ教の反対を受けて行き詰まり、どうしようもなく最後の手段として十字架に御身を捧げることにより、霊的な救いの道を開かれました。
それと同様に、文先生も2千年の歴史を通して世界宗教となったキリスト教の反対を受けて、韓国を中心とした摂理が行き詰まるようになったのです。

ここで、文先生をはさんで神様とサタンの深刻な三者会談が開かれたと言います。

三者とも「蕩減法」を熟知しています。
失ったものを取り戻すには、必ず条件が必要となります。

2千年歴史を持つキリスト教を取り戻すには、いくら蕩減(免責)したとしても200年はかかる。
しかし、神様もサタンも、メシアが地上に200年生きることができないことは承知しています。

そこで、このような条件が提示されたのです。

失ったキリスト教の2千年を20年で取り戻す。
そのために、キリスト教の世界的代表国である米国のキリスト教を立て直すことのできる条件を20年以内に満たしてみよ。
しかし、もし満たせない場合には、より大きな蕩減条件をサタンは提示する。(イエス様不信の代価として、イエス様の血とそれに従う者たちの大量の血を要求したように)

このような会談の結果、文先生は1970年に渡米されるのです。

米国は神様のあふれる祝福を一身に受けて、世界一の豊かな国になりました。
しかしその当時の米国は、ベトナム戦争に疲弊し、麻薬が蔓延し、「病める大国」の悲惨な姿。
その米国を、国内のいかなる指導者も聖職者も立て直すことができないでいたのです。

この国に文先生が宣教師を送られたのが1956年。
それから20年といえば、1976年です。

その年までに蕩減条件を満たさねばなりません。

渡米されると即座に、文先生は全米巡回講演会を開始されます。
多くの都市で歓迎され、名誉市民賞なども授与されました。

tour 

そのような活動の実績を土台として、1974年にニューヨークのカーネギーホールで5万名の大会を大成功させます。

続いて、1976年6月に同じニューヨークのヤンキースタジアムで25万名の大会を企画しました。
しかしこの時は、直前に大暴風雨に襲われ、動員の出足をくじかれた結果、参加聴衆は5万名に留まったのです。

文先生はこの大会に対して、
霊的には勝利した
と言われましたが、三者会談の合意を満たすには足りません。

そこで文先生は、50万名を集める「ワシントン大会」を決意されるのです。

当時、ワシントンD.C.の人口が約80万。
しかも50万人を集めるとなれば、場所はワシントンモニュメント広場しかありません。
その場所の使用許可が降りたのが、大会開催予定の40日前です。

これくらいの規模の大会なら、普通1年や2年の準備期間をもうけなければ開催など不可能です。
サタンはこの時、内心ほくそ笑んでいたに違いありません。

「2千年のキリスト教はこれで終わる。200年のアメリカもこれで天運を完全に失う」

もしそうなれば、神様の救援摂理は共産主義圏に移っていかざるを得ないのです。
人類の血に満ちた暗澹たる歴史に突入していきます。

それに対して文先生は、
「もしこの大会が成功しなければ、3千年は神の摂理を見ることができなくなる」
と言われました。

また、次のようなことも言われたのです。
「この大会は、先生の生涯において最も深刻で真剣な大会だった。もし失敗するのなら、全力を尽くして大会の3日前に死んだほうがよい」

絶体絶命の峠だということです。

「失敗すれば、先生夫婦は誰にも知られずに墓に入らねばならない。その墓は下から蓋を閉めなければならない」

その意味は、モーセやイエス様のように、死体が分からなくなる、ということです。

しかし、その結果は大成功でした。
参加者はワシントンに限りません。
1976年9月18日全米から数千台のバスを連ねて参加者が続々と詰めかけたのです。

この大会を終えて、文先生は、
「これで神様のみ旨は必ず成る。再臨主の再臨は必要なくなった
と言われました。

この時の参加者の7割以上が黒人でした。
ここから黒人の民族的な浮上が始まったのです。

この大会の33年後、米国には史上初の黒人大統領が誕生しました。
そして今年7月には、ナイジェリアを中心に全アフリカの指導者たちが文先生を偉大な霊的指導者として迎えるようになったのです。

また蕩減法というのは、期間を短縮することはできるが、その内容においてはまったく容赦がありません。
そのような道を辿って来られた文先生の道は、「七死復活」どころではない。
縦横の8段階を勝利したと言われるお話から推測すれば、8X8=64回の死の峠があったと言ってもいいのかも知れません。

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tenmondai

私が教会に入る前に深刻な場面があったんですね。話には聞いていましたが、話に終わっていました。私が献身したあくる年に興進様が昇華されたんですが、当時の私にはどれほどの重要な内容か全く理解できていませんでした。
今も理解しているとは言えない状態ではありますが・・・。

2011年08月05日 (Fri) 11:39
-

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2011年08月06日 (Sat) 14:39
kitasendo
Admin:kitasendo