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震災の本質は、ここにある

kitasendo
がれき 

東北大震災からかなりの間、私がとっている読売新聞には每日、第一面に震災の被災者の数が掲載されていました。
死亡者数の下には、行方不明者の数があり、それが日毎に少しずつ減るのを見ると、遺体が発見されているのだろうかと想像できました。

しかしその数字も、いつの頃からか掲載されなくなっています。

生きている人々の関心は、生活の再建、復興に移ってきています。
原発を推進すべきか、脱するべきか、そのために現政権は役に立つか立たないか。
そういう議論に主軸が移っているように見えます。

統一教会からも青年たちを中心に被災地へボランティアが派遣されています。
ところが、活動から帰ってきた青年たちの感想を聞いて、統一教会の梶栗会長は驚いたと書いておられます。

彼らの感想は、
「様々な手伝いをして、喜びを感じて楽しかった」
「神様を感じた」
といったものでした。

しかし梶栗会長は、事態の全く違う側面を感じておられたのです。

会長は入院中、得体のしれない「うめき声」に苦しめられたといいます。
普通のうめき声は、「ああしてほしい、こうしてほしい」というのがある程度分かるものなのに、その時のうめき声にはそれが一切ない。
とにかく苦しくてうめいているのです。

会長はそれが被災者たちのうめき声だと悟りました。
彼らは地下1.5メートルくらいの収容所にひしめきあっているようでした。

彼らの遺体はいまだどこの瓦礫の下に埋もっているのか分かっていません。
一方、彼らの魂が突然の死の後、どこをどのようにさまよっているのか、この世の人たちはほとんど関心がありません。

しかし、今回の震災の本質はここにある、といっていいのかも知れません。

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とら

事実を書きます。
ボランティアに行ったその学生とは、韓国留学を卒業し、日本の大学へ進学しカープに所属している学生です。
その学生はボランティア活動でかなり満足感を得たのか、あるボランティア報告の場で、「今回の地震は皆に喜びを感じさせるために神様が起こしたように思う」と とんちんかんなことを言ったのです。
私も聞いていて唖然としましたが、梶栗会長はずっと入院していたために被災地へは行くことができなかったのですが、この報告を聞いた梶栗会長はかなり怒ってました。
今回の地震はほとんど自然現象ですが、神様もここまで被害が大きくなるとは思っていなかったようです。
日本が勝利できなかったからどうとかなんて、全く関係ありません。

それにしても今の統一教会員は、青年をはじめとしてまったく深みがなく、物事の真実を見極める、感じる心がまったく無いように感じます。極めて傲慢です。

2011年07月11日 (Mon) 23:50
たろ

こんばんは

> 一方、彼らの魂が突然の死の後、どこをどのようにさまよっているのか、
> この世の人たちはほとんど関心がありません。
> しかし、今回の震災の本質はここにある、といっていいのかも知れません。

教育部長様は、震災の本質をどのように考えていらっしゃるのでしょうか?
それと、梶栗会長が何に対して怒ったのか、ぜひお聞きしたいです。

2011年07月12日 (Tue) 20:17
kitasendo
Admin:kitasendo