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無所不在の本体

kitasendo
無所不在 

文鮮明先生のお話の中に、
「神様は本体的存在であり、人間は実体的存在、万物は現象的存在である」
というみ言葉があります。

本体的存在の特徴は、
無所不在
ということです。

その意味は、「おられない(不在)所が無い」ということであり、「あまねく臨在される」と言い換えてもいいでしょう。

私が祈っていると、その祈りに応えて、神様は「」「ここに」私とともにおられる。
ところが、ちょうど同じ時間、別の場所で困っている人がいると、その人を心配して、神様はその人の所にも「同時に」おられる。

これを「無所不在」と言うのです。

それゆえ、本体的な存在である神様にとって、愛する対象が無限に増えていったとしても、原理的には何の問題もなく、愛する喜びが増えていくだけだ、ということになります。

一方、人間が実体的存在であるという意味は、永遠不滅の「実体=霊人体」を持つ存在だということですが、「無所不在」ではありません。
「今、ここに」いながら、「今、そこに」いることはできない存在です。

私たちが肉身を脱いで霊界に行ったとしても、この限界を越えることはできません。

一見すると、本体的存在が主体で、実体的存在が対象であるように思われます。
しかし、違う角度から見れば、逆だとも言えます。

私が「ここに」いて、本当に正しく神様を求めれば、私が動くのではなく、神様が動いて、私の方に来られるのです。

文先生が、ある時ご自身の「成功の秘訣」について語られたことがあります。

「神様を一番良く知って、神様が好きな言葉だけ使うので、祈祷しなくても神様が助けてくださり、成功したのだ」

神様が好まれる言葉を使い、神様が好まれるように行動すれば、神様は頼まなくても助けて下さり、愛してくださる、というのです。

今日の礼拝で、説教者が、
「あなたのすぐ隣に神様がおられることを感じている方はおられますか?」
と聴衆に尋ねられましたが、1人として手を挙げる人がいませんでした。
無念にも、私もその中の1人でした。

本体的存在が実体的存在と常にともにおられる(それに必要な内容だけ満たせば)ということを感じる私になることが、成功の秘訣であり、幸福の秘訣でもあります。

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