誰が神様の杖になるのか
現在、文鮮明先生ご夫妻がヨーロッパの各国を巡回しながら、大会を開いておられます。
その巡回路程に出発される際、
「この巡回は、亨進を杖にして回って行く」
と言われたそうです。
文先生は今年91歳の高齢ですから、歩くにも支えが要るでしょう。
しかし、亨進世界会長の肩に手を載せて歩行の助けにする、というような意味ではあり得ません。
旧約聖書の出エジプト記に、「杖の偉大な働き」が何度も出てきます。
モーセが40歳になったときに、エジプト兵を撃ち殺したことから追われる身となり、ミデアンの砂漠に逃れて砂漠の民に助けられ、羊飼いとなって40年を過ごします。
そして80歳になったとき、再び神から召命を受けてエジプトに帰還し、エジプトの王(ファラオ)と対決します。
その時、彼は神様から3つの奇跡の権能をもらっていたのですが、その第一が杖による奇跡でした。
王の前で彼の杖を投げると、何と蛇に変わります。
そこへ王側の魔術師が出てきて、同じように杖を投げると、それもまた杖に変わったのです。
ところが、モーセの杖の蛇が魔術師の杖の蛇を呑み込んでしまいます。
これを、原理講論では、
「モーセは神を象徴し、蛇に変わった杖は将来来られるイエス(メシア)を象徴する。メシアが罪悪の世界を呑み込んで造り替える」
と解析しています。
続いて、第3の奇跡は、杖によってナイル川の水を血に変えます。
これも象徴的に解釈すれば、イエス様が来られれば、堕落して霊的な生命のなかった者たち(無機物としての水)を生きた者(有機物としての血)に生み変えることができるということを暗示しています。
杖がその威力を発揮する第3の場面は、モーセが数十万にも及ぶ同胞を率いてエジプトを出発した直後に訪れます。
後ろからは、ファラオの軍勢、前には洋々たる海。
まさに「前門の虎後門の狼」という緊迫した状況の中で、モーセが神様にしがみついて祈ると、
「お前の杖で、目の前の海を打て!」
という、信じがたい答えが返ってきました。
しかし、モーセはその突拍子も無い指示を信じ、目の前の海を見事に割ってしまうのです。
この時の杖も、罪悪の世界(海)を善と悪に分ける使命をもったメシアを表しています。
このように考えると、今回のヨーロッパ巡回において、文先生を神様の立場とするなら、亨進世界会長は無形の神様を補佐し、その権能を現象化させる使命を持ったメシアの立場だと言うことができるかも知れません。
この巡回大会を通して、新たな生命が続々と生き返り、善と悪とが画然と分けられていくことを願います。
我々一人ひとりもまた、神様の杖にならねばならないでしょう。
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