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夫に侍ることによって

kitasendo
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神様に私が尋ねてみました。
「最も行くことが難しい家庭はどういう家庭でしょうか?」
「争っている家庭である」
と、語られました。

「ではサタンが最も好む家庭はどういう家庭ですか?」
「争っている家庭である」

神様をお迎えする唯一なる方法は、互いに争わないで、夫は妻を100%愛し、妻は夫に100%侍る生活です。
妻たちはどこで侍る生活をしてみるのですか? 
夫に侍ることによって、その夫に侍ると同時に真の御父母様に侍るようになり、真の御父母様に侍ることによって神様に侍るようになるのです。(大母様のお話)

仲の悪い夫婦は深刻な問題を抱えているということを強調された内容ですが、私がここで注目したいのは、最後の一文です。
「侍る」という言葉は、日本人にはやや違和感のある表現かもしれませんので、「愛する」と言い換えてもいいと思います。

夫を愛することによって、真の父母様を愛するようになり、真の父母様を愛することによって神様を愛するようになる
というのです。

ここでは、愛する順番が、自分により近い者から始めて、それがより遠い者、より実体のない者へと広がっています。

イエス様の教えの中には、
「お前の父母よりも、息子娘よりも、まず私を愛さなければ天国へ行けない」
「心を尽くし、精神を尽くして、主なる神を愛せ。その次に、自分を愛するように隣人を愛せ」
というものがあります。

大母様のお話と一見矛盾するようにも見えますが、双方に真理があるとも言えます。

愛というものは、必ず実体の対象を必要とします。
虚空に向かって愛を与えることは誰にも(神様にさえ)できません。
それで神様も、愛するために実体を創造されたわけです。

ですから、私たちも目に見える、手で触れることのできる目の前の実体を愛することから始めて、愛を引き伸ばしていくということは、極めて理にかなった話でしょう。

統一教会の教えでは、私たちには複数の父母がいらっしゃいます。
「天宙父母」
「天地父母」
「天地人父母」
そしてもちろん、「私を産んでくださった実の父母」もおられます。

これらの父母の中で、最も私に近い実体の父母は「実の父母」です。

「私は実の父母をどれほど愛してきただろうか?」
と、最近自ら振り返って反省することがあります。

目の前の父母を愛し、伴侶を愛し、子どもを愛すること。
心を尽くし、精神を尽くして。
それは目に見えない神様を愛する道の確実な第一歩だと言うべきでしょう。

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