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瞬間を輝かせる言葉

kitasendo
humanbrain

瞬間を無視する人は、貴いものをもつことができません。偉大な人にもなれず、神様の王座と王冠を受け継ぐこともできません。それゆえ、瞬間を輝かせるために、皆さんは言葉一言、行動一つにも注意すべきであり、考えることも注意すべきです。(文鮮明先生『真の家庭』)

先日の記事の中で、死ぬときに後悔しないための方法の一つは、「正しい心を持って生きる」ということだと書きました。

そのためには、
正しい言葉を使う
ことが一つの重要な要素ではないかと思います。

聖人の「聖」を解字すると、「耳」と「口」の「王」となります。
人の話を聞くことと、自分が話す言葉を正しく管理することができてこそ立派な王様だ、そのような人を聖人と呼ぶ、とも理解することができそうです。

私たちが人と話をするとき、ふつうは大脳のどこかで(理性的に)考えながら言葉を操っていると思っています。
しかし、例えば、自分の意に反するようなことを言われた場合、あるいは自分を攻撃されるような言い回しをされた場合、感情が高ぶって、自分でも思いもしないような言葉を発することがあります。
そういうときは、大脳ではなく、延髄あたりで反応して、理性のフィルターを通さずに言葉が出てしまっているようにも思えます。

言葉というのは、一度出してしまえば、取り返しがつきません。
何十年という期間を通して作り上げてきた良好な人間関係が、たった一言の感情的な言葉で瞬間的に崩壊してしまう、というようなことだって、あり得なくはないでしょう。

それで、聖人になるための修行は、
言葉を飲み込む
ということだとも言えます。

別の表現を使えば、
「刺激と反応との間に、『一時停止ボタン』を押す」
とも言うことができます。

このように言われたら(刺激)、必ずこのように言い返してしまう(反応)というプロセスに、意識的な「一時停止ボタン」を押すことによって、延髄的な反応を大脳的な対応に変えようというわけです。

少し具体的に、こういう言葉は控えよう、と私が考えるものを2つだけ挙げます。

① はっきり知らないことは言わない

これは、噂を流さない、ということです。
噂というのは大抵が人づてに聞いた、真偽の曖昧な話です。

それで、噂話の語尾には大抵、
「~らしいよ」
「~みたいよ」
というような言い回しがついてくるのです。

② BUT(否定的な言葉)をなるべく使わない

相手の言葉の腰を折って、よく、
「いいえ、そうじゃなくて・・・」
と、自分の主張を始める場合があります。

こういう言い方をしながら、言う本人がそこに相手を否定する波動が潜んでいるのを自覚していないことが意外と多いようにも思います。

また、目上の人が目下の人に言う場合に多いのが、
「これじゃ、ダメだろう」
「~しなきゃダメじゃない?」
という言い回しがあります。

ここにも濃厚な否定的波動が渦巻いています。

言葉は、大脳から出ようと、延髄から出ようと、自分の思いや感情に基づいていることは間違いありません。
したがって、言葉に気をつけるということは、自分の内面を整理、浄化することを前提とします。

自分の内面をどのように整理すればいいのか。
どのような言葉が正しい言葉なのか。
それについては、また改めて考えてみたいと思います。

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