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たいせつなことは、目に見えない

kitasendo
星の王子さま

1年くらい前までは、夏休みの課題図書くらいしか本を読まなかった娘が、最近は学校の図書館に本の購入希望まで出して読むようになりました。

娘が最近読んだ中に古典『星の王子さま』があったのを知っていましたので、
「どうだった?」
と聞くと、
「私は感動系が好きなんだけど、あれは感動というのとは違うけど、良かった。でもお父さんにはよく分からないと思うよ」
とのコメント。

「お父さんにはよく分からない」
という言葉は心外だと思いながら、
「お父さんもそれは読んだことがあるよ。だいぶ昔だけど。ちょっと貸してみて。読んでみたいから」
と頼んで、さっと読んでみました。

この作品のキーワードを挙げるとすれば、別れ際にキツネが王子様に教えてくれた秘密の言葉。
ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない
という言葉でしょうか。

王子様にとって地球は7つ目の星でした。
4番目の星には、自称「有能な実業家」が住んでいました。

王子様が訪ねたとき、彼はひたすら何かを数えていることろでした。
「何を数えていますか?」
と聞くと、星を数えているとの答え。

何のために? と重ねて聞くと、
「星は誰のものでもないから、星を所有しようと最初に思いついた私のものだ。私は星の管理者だから、それをちゃんと数えておかねばならん」

彼にとっては、一つ一つの星に誰がどんなふうに住んでいるかなどということは、まったく関心の外です。
何個の星を所有しているかだけが重要なのです。

王子様も自分の星で、一輪のバラと暮らした時期がありました。
しかしそのバラは、
「こんな綺麗なバラは、他にはいません」
などと、ちょっと不遜なところがあって、あまり好きにはなれなかったのです。

ところが地球に来てみると、同じようなバラが何千もあるではないですか!
「どこにでもあるような、ありふれたバラを一輪しか持っていなかったぼくは、りっぱな王子さまになれない」
と、しょげきっているところに現れたのが、例のキツネです。

「ぼくと遊ぼう」
と誘うと、キツネは遊べないと拒否します。

遊べない理由は、「なついていない」から。
「なつくって、どういうこと?」
と王子様が尋ねると、キツネはこう答えます。

「ずいぶん忘れられていることだけど、それは『絆を結ぶ』ということだよ」

「絆を結ぶ」前は、王子さまの前に現れたキツネは、他に何万といるキツネと何も変わりません。
しかし、なつかせて、「絆を結ぶ」と、そのキツネは王子さまにとって世界に一匹しかいないキツネに変わる。

それまで王子さまが巡ってきた6つの星で、「なんか変だな」と感じたのは、その住人の誰も「絆を結ぶ」ことをしようとしていないからだったのだと思われます。
王様は「統治」することにだけ関心があり、実業家は「所有」することにだけ関心がありました。
ガスの点灯人は、朝が来れば火を消し、夕方になれば火を灯すという仕事の繰り返しに追われ、仕事が暇になれば眠ることしか関心がありません。

この世の半分は男性であり、残りの半分が女性です。
しかし、ある特定の1人と「絆を結ぶ」ことによって、その相手は数十億の中で世界に1人しかいない、かけがいのない伴侶になります。

同じ年頃の少年少女は、この世に数えきれないほどいます。
しかし、自分たちから生まれ、多大なエネルギーを投入することによって、その少年少女は特別な「私の子ども」になります。

昨日の記事の続きで言えば、「愛の実績をつくる」というのは、不特定多数の相手に対してすることの前に、このような目の前の少数な特定の相手をなつかせ、「絆を結ぶ」ということから始まるのではないでしょうか。

生まれも育ちも違う、目の前の夫や妻。
思うようにならない、目の前の子どもたち。

そのような相手と、どのようにより深く「絆を結ぶ」か?
統治すること、所有することだけに関心を持つのではなく、数字を数えるように相手を評価するのでもなく、「心で見る」こと。

私もよく考えて見れば、娘の警句
「お父さんには分からないと思うよ」
というのは結構当たっているのかも知れないという気がしてきます。

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お父さんには分からないと思う。
そう、思われたのは、深い意図があったのでしょうか。
それとも。
そういってみたかったのでしょうか。
いずれにしても、教育部長さんがこの記事を書いてくださる、
きっかけとなったのですから、私達には感謝する言葉です。

2011年01月16日 (Sun) 19:22
教育部長

Re: タイトルなし

私も結構、子どもたちから見れば「心で見てない」と思われているのかなあと思います。
ついつい、外側の行動や数字に現れる成績などで見たりする。

2011年01月16日 (Sun) 21:59
kitasendo
Admin:kitasendo