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人生のアラインメント

kitasendo
driving

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息子を隣に乗せて運転していた車が街中に入り、直線道路に差し掛かったとき。

息子が、
「お父さん。こういう時はハンドルから手を離しても走れる?」
と聞くので、
「それはちょっと無理だろう」
と答えました。

もちろん、そんな危なかっかしいことはいい大人ができることでもないのですが、息子が聞きたかったのは、
「ハンドルを一度まっすぐにしておけば、車はそのまままっすぐに走れるのか?」
ということです。

「車にはアラインメントというのがある。左右の車輪をつなぐ軸をまっすぐに調整することだが、現実には完璧に調整することはできない。
だからハンドルを放せば、少しずつでも必ずどちらかに傾いてカーブしていくだろう」

そう言った後で、
神様と私との間でもアラインメントは必要だろうね。ちょっとくらいずれててもいいだろうと思っていても、5年、10年と経つうちに、だんだんと大きくカーブしてズレていくかもね」
と言うと、すかさず息子も(ややため息まじりに)言い返します。
「お父さんは、どんな話からでも必ず、そこ(神様のことですね)にもっていくよね!」
(この辺りが教育部長のサガ?)

「そうなんだ。たいしたものだろ?」
と言いながら、私もちょっと内心、考え込みました。

「確かに、今はちょっとのズレ、まあまあ余り大きくはズレずに信仰生活をしているよな、と自分ながらには思っていても、歳月とともに知らず知らず軸から大きくハズレてしまうということはあり得る。
私は果たして大丈夫だろうか?」

今の私の考え方や生活姿勢に最も大きな影響を与えたのは、どう考えても「統一原理」です。
これは文鮮明先生という一個人の思想ではなく、宇宙どこでも適用される、文字通りの「原理」だと思っています。

とすれば、私の人生の背筋は、その原理に沿ってぴんと真っ直ぐに立ってきたのか?
ハンドルを放したままで真っ直ぐに進めるほど、私の精神が神様との垂直軸でアラインメントされているとは、正直なところ、未だにとても思えないのです。

車でも、1年に1回くらいはアラインメントが必要です。
私の人生にも細心のアラインメントは、それ以上に必要でしょう。

さて、それなら、人生におけるアラインメントのチェック・ポイントは?
これを適切に並べてみるには、私にもちょっと時間を要します。

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のんちゃまん

アライメントの話

 私は、北東京の青年です。

日々仕事に没頭し、世界一の会社をつくるという夢を持っています。

非原理圏での環境が極めて多く、教会のスケジュールは、礼拝くらいです。

信仰は11年目を迎えますが、常に自分がずれていないか確認しなければ、

どんどんずれていくのがわかります。

自分自身をこまめに見つめ直すことが重要であると感じます。

私は、この環境の中で、証を立てなければならないと考えており、守られた環境ではない世界で

結果を残すことが、最大の証であると(私にとって)考えており、頑張っております。

日々、葛藤の毎日、生きてるって感じです。

2011年01月06日 (Thu) 13:11
kitasendo
Admin:kitasendo