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生まれながら心が神に向かう

kitasendo
サライサク
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親から子へ信仰が相続されるというのは、
親子が神様を中心とした同じ価値観を共有する
とも換言できると思います。

どのようにすれば、それができるでしょうか。
2つの道を検討してみます。

① 生まれながらの本性
② 生まれた後の教育

①について、アブラハムが参考になるかも知れません。

彼は偶像商の家に生まれながら、神への信仰を持っていました。
妻のサラも信仰のある女性でしたが、不憫なことに、2人の間には子どもが生まれなかったのです。

神様は彼を召命するとき、
「お前の子孫は空の星の如くなるだろう」
と約束をされました。
しかし、子どもが生まれなければ、それがどうして実現するでしょうか。

夫婦は相当長い期間、懇切に祈ったことでしょう。
そしてついに、アブラハムが100歳、サラが99歳の時に、息子を授かります。

その息子がイサクです。
彼は幼い時から、相当に本性の基準が高い子どもだったようです。
アブラハムが神に捧げ物をするときには、いつもついて行っていました。

自分の父親は、神様への揺るがない信仰を持っている人だ。お父さんのすることに間違いはない
という確信を持っていたのでしょう。
その父親が自分を燔祭に捧げようとするときにも、その父親への信頼感は変わらなかったのです。

殺そうとする寸前に天使が現れて、アブラハムを制止しました。
「お前が神を畏れる者であることを、今知った」
と言う神様の言葉を伝えながら。

しかしその時、イサクはすでに覚悟を決めていたのです。
それで、振り上げた腕を止めた父を見て、
「お父さん、どうしたのですか? 私を捧げることは、神様の願いではないのですか?」
と、父親に迫ったのです。(聖書にはその記載はありませんが)

夫婦が何年も何十年も、祈りに祈って得た子ども。
その子は、生まれた時から心が神様に向かっていたようです。

教会の子どもたちの中にも、イサクに似た姿を感じることがあります。
彼らが生まれてくるまでの背景やいきさつは、第三者の目には見えません。
しかし、その子を身ごもるまでの夫婦の心の路程に、必ず神様との間に何か深い秘密があるのではないかと思われるのです。

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日韓太郎

アブラハム家庭は、創世記の中で、最も詳細に記録され、
私たちが、人類の共通の先祖として研究し、学ばなくてはならない、
貴重な資料であり、神様のメッセージがあります・・・
今までのキリスト教の聖書解釈では限界があります・・・
教育部長の解釈には、共感できます。

ありがとうございました・・・m()m

2010年12月26日 (Sun) 09:44
kitasendo
Admin:kitasendo