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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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天使はなぜ神と同じ立場に立てなかったのか

楽園追放

堕落性の始まりは天使長からであったと原理講論にあります。
彼の中で堕落性が生じるようになった根本的な動機は、彼がアダムに対して嫉妬心を抱いたからでした。

この時の天使長の心理を、イエス様は労働者の喩えを持って説明されました。


朝から雇われて働いた労働者は、今日1日の労賃はいくらと契約を結んでいました。
ところが、夕方雇われてすこしばかり働いた労働者の方が先に、しかも朝から働いた労働者と同じだけの労賃を受け取るのを見たのです。

そこで彼は、自分のほうが長く働いたのだから、後から働いた労働者よりも多くの労賃をもらえるのではないかと期待しました。
ところが、農場主は彼に契約通りの労賃を渡したのです。

そこで彼は農場主に不満を述べました。
それに対して農場主は、
「私はあなたに対して不正を行っていない。少し働いた者に私が哀れみを持って多く与えたとしても、それはあなたの関知するところではない」
と、正当なる主張をしたのです。


天使長は長く働いた労働者でした。
彼は神様がアダムとエバを愛されるのを見たとき、神様と同じ立場で見ることができなかったというのですが、アダムとエバが創造されるまでは神様と同じ立場に立っていたのでしょうか?

彼は実に長い間、神様の愛の中で神様のために一生懸命働いてきたものの、神様の立場に立って働いてきたのではないのだろうと、私は思います。
彼は元々、神様から愛されることを「自分の立場」から欲する者だったのではないでしょうか。

日雇い人夫は、自分が働く農場の将来に渡る経営などに関心はありません。
その日働いた分だけの労賃が手に入れば満足なのです。

もちろん、天使長の心がそこまで労働者的、個人主義的だったとは言いませんが、僕(しもべ)の心は主人とは違うものです。
少し極端かもしれませんが、自分の立場から愛を欲するのは、天使において堕落性とは言えないとも思います。
それが天使の限界だとも言えます。

しかし、人間はそうであってはいけません。

創造目的を完成した世界(において)・・個体の破滅は、直ちに全体的な破滅を招来するようになる(ので)・・全体は個体の破滅を放任することができない」(原理講論 p.123)
とあります。

完成した人間が天使と違うのは、「個体」が「全体」と一致するところです。
すなわち、自分のことを考えるときに、全体の立場から考えるという点なのです。

人間は遅れてきた労働者であったとしても、農場主と同じ立場で農場と労働者全体のことを考える者でなければならないということです。
アダムは堕落することによって、その基準を越えることができませんでした。

サタンがこの世の主人として主管し続けているのは、人間がいまだにこのような本来の基準に至っていないからに違いありません。

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2010-08-28 * - [ 編集 ]