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あなたが答へを出す必要はない

kitasendo
2024-02-27

つまり、あなたが答えを出す必要はもう無いのです。 空白であること、しかし無関心ではないこと、我々がそれを既に持っており、あなたに直接渡したいのだということ、そういう時期が来ているのだと、信じていただきたい。

わからないという、純粋な白い光を心に抱いていてください。 そのことがサインとなり、化学変化が起きて細胞が変わります。 神経が繋がります。 分かるのは我々の役割であり、そこから毎瞬必要なことをあなたに教えたいのです。 分からない、知らないという光があなたの役割です。
(ネドじゅんさんの本体さんからのメッセージ)

このメッセージは前にも一度記事(「
純粋な空白でゐてほしい」)で取り上げたのですが、今日改めて感じるものがあつたので、再度紹介します。

今日、ふと思つたのは、
「私が自分で答へを出さうと考へないほうがいゝ」
といふことです。

なぜ、そんなことを思つたのか。

気にかゝることがあつて、しばらく思ひ悩んでゐたのですが、ふいに、
「自分であれこれ考へても、大した答へは出ない」
といふ気がしたのです。

どうして自分が出す答へは大したものではないのか。

自分の頭で、あれこれ考へる。自分では論理的で妥当に思へたとしても、多分に恣意的な要素が紛れ込むのです。

自分の経験の範囲で妥当性を判断するし、自分に都合の良い答へに傾く一方、自分が従ひたくない答へは出したくない。さういふ無意識が働くものです。

自分で考へて出す答へが碌でもないなら、他にもつと良い答へを得る方法があるでせうか。そのとき、上のメッセージを思ひ出したのです。

そのメッセージを私なりに言ひ換へるなら、
「私の役目は『質問する』ことであり、『その答へを待つ』ことである」
と言つてもいゝ。

評論家の小林秀雄も、こんなことを言つてゐます。

本当にうまく質問することができたら、もう答えは要らないのですよ。僕は本当にそうだと思う。ベルグソンもそう言っていますね。僕ら人間の分際で、この難しい人生に向かって、答えを出すこと、解決を与えることはおそらくできない。ただ、正しく訊くことはできる。
(『学生との対話』小林秀雄)

これも、長年思索を続けてきた人の、一種の悟りだと思ふ。

小林のこの悟りに従へば、私が心がけるべきことの第一は、
「うまく質問すること」
です。

質問は、分からないことをたゞ訊けばいゝといふものでもない。うまく訊く。簡単さうに見えて、質問は存外難しいものです。

第一の難関を超えて、うまく質問できたとして、第二に必要なことがある。

「答へをうまく待つ」
ことです。

小林は「答へは要らない」と言つたが、うまく待てれば、答へが来る可能性があるでせう。しかしこれがまた、簡単ではない。うまく待つには、どうしたらいゝのでせうか。

本体さんの表現を借りるなら、
「純粋な空白でゐること」
です。

純粋な空白とは、自分なりの答へを作らないこと。何ら定まつた答へなしに、答へを待つのです。これはなかなか容易なことではないでせう。

私たちは、一刻も早く、特定の答へを出したいのです。答へがひとつに絞られないと、心が落ち着かない。曖昧な状態は苦しいのです。

だから、自分で答へを探さうとする。探して答へを出すといふのは、悪くないやうに思へます。しかしそれは、たとへば、1000ある答への中から、ひとつだけを勘で選び取るやうなものです。いくらよく選んだと思つても、999の可能性を否定して(捨てゝ)ゐるのです。

それならむしろ、1000の答へをそのまゝにしておく。そして、その中のベストな答へを待つ。誰が選ぶのか。本体さんが選んで、教へたいといふのです。このとき、私が自分で選んだひとつの答へに固執すれば、それと違ふ答へを受け取ることは難しくなります。

本体さんとは正体不明ですが、
「あなたを抱きかかえておる無意識」
と自称してゐます。

そのやうな本体さんが、私に最もふさはしい答へを、個別に、必要な瞬間、手渡したいと願つてゐる。つまりその答へは、万人にいつでも普遍的に通じる答へではなく、私にだけ、しかも今の私にだけ個別に当てはまる答へなのです。

本を読み、説教を聞けば、問題解決の方法を教へてくれる場合もあるでせう。しかしそれは、今の私だけの特殊な事情に合はせたものではない。言葉になつた方法は、すでに概念なのであつて、瞬間ごとに移り変はる状況に対応するものではないのです。

そして、最後に第3の関門があります。

「手渡された答へを、そのまゝ受け入れる」
といふ、もしかすると、最も難しい関門です。

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Admin:kitasendo