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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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コウノトリさんの教え

コウノトリ

昔録画しておいたテレビ番組を見返していると、3年ほど前のコウノトリに関するニュース番組がありました。

コウノトリという鳥は日本ではすでに絶滅種に属するのだと思っていたところ、2007年、兵庫県の豊岡市で43年ぶりに自然孵化したというニュースです。
慶事と言えば慶事に違いありませんが、自然に対する人の心がこの数十年で変わってきているのか、あるいはもとから人間はこういう自然を愛する心を持っていたのかと、考え込みます。

コウノトリは日本では1971年に最後の1羽が死んで絶滅。
その後中国からつがいを取り寄せては自然孵化を試みてきたらしい。
今回の孵化成功は、相当な努力の結果だったようです。

ニュースの中では、自然孵化を促すために、高さ12メートルほどの塔巣を立てた工事担当者がインタビューに答えて、
コウノトリさんがこの巣を気に入ってくださって、卵を産んでいただければ・・・
というような正直な気持ちを話していました。

いくらインタビューにあがってしまったと言っても、コウノトリに敬語を使うのはおかしなものだな、と思ったのですが、地元の人々のこれまでの取り組みの様子を聞くと、
「なるほど」
と思うところがありました。

地元の大人たちはコウノトリの餌場に水を引き、小学校の子どもたちは餌になる小魚を放流し、農家の人たちは田畑の作業にも気を使う。
自然孵化に向けて、文字通り、地域あげての取り組みだったのです。

自然孵化の担当責任者が語っていたように、こういう取り組みを通して地域の人たちの気持ちがコウノトリと本当につながってきたのでしょう。
その気持ちを代弁したのが、さきの工事担当者の言葉であったのかと、腑に落ちた気がしたのです。

かつては、「たかが鳥」と思って、いくらでも無神経に駆逐していったのでしょうが、今や、人間の気持ちが自然とつながってみると、自然を人間の下に見るのではなく、対等か、むしろ上のようにさえ感じるようになった。

これはどうしたことでしょう。
おかしなことでしょうか。

「たかが鳥」という思いの根底には、自然を功利の対象としてのみ価値視する心があり、その心にはコウノトリの存在など、ほとんど価値はありませんでした。
しかし一旦絶滅した後に自然孵化させようとした人々の心は、功利から限りなく離れたのです。

すると、自然本来の価値、人間と自然との本来の関係が、自ずと得心された。

自然は決して人間の下ではない、というのが人間本来の正常な感じ方だろうと思います。
人間は自然と共生せずして生きていけない、というだけではありません。
物言わぬ自然の神秘、奥妙さが人間に与えてくれる恩恵は、実に計り知れないと思うのです。

絶滅しかけた後に再び自力でわずか数個の卵を孵すことさえ想像を超えて困難であることを身をもって教えたコウノトリは、その自然の代表者として、我々に自然の本来の価値を教えてくれるものだったと言っていいでしょうか。
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2010-08-22 * - [ 編集 ]

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2010-08-29 * - [ 編集 ]