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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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地獄に仏、母の愛

中曽根野村

100歳以上の高齢者が全国で次々に行方不明と判明し、今はその数は200人をゆうに越えたと報道されています。
(参考「現代版『楢山節考』」)

本日もニュースを見ていると、生きていれば104歳になるはずの女性が実は20年近く前に亡くなっており、それを自宅で発見した息子が毛布にくるんで押入れに入れていたという事実が報道されていました。

その死因も分かりませんが、葬式も挙げないのですから当然役所に届けることもなく、死後もそのまま敬老年金を受け取っていたと言います。
哀れな母は、死んでなお息子を養っていたという、胸の塞がるような話です。

一方で、こんな話を読みました。

プロ野球の監督として1500勝の偉業を成し遂げた野村克也氏。
父は3歳の時に出征先の中国で戦病死したので、母親が自らガンと闘いながら女手ひとつで育ててくれたそうです。
その母を早く楽にしてあげたい一心でプロテストを受け、1954年南海ホークスにテスト生として入団しました。

テスト生ですから、月給は当時わずか7千円。
その中から毎月千円ずつ母に仕送りをしました。

次第に高給をもらうようになると、仕送りも増えましたが、母親は、
今の何万円よりも、7千円の月給から千円送ってくれた頃のほうが有り難かった
と言ったそうです。

その母親が亡くなった後、預金通帳が出てきました。
見ると、通帳には送金していた千円がそのまま貯金されていたのです。

球団をクビになって、故郷に帰ってきたとき困らないようにとの配慮でした。

もう一人、中曽根康弘元首相のお母さんの話です。

1940年3月10日、東京帝大2年の学期末試験の最中、下宿先に高崎の父から電話がかかってきました。
「ゆくが危篤だ」

すぐ上野駅に駆けつけましたが、すでに列車はありません。
翌朝、一番列車で帰郷したときには、母ゆくさんは息を引き取った後でした。

「なぜもっと早く知らせてくれなかったんだ」
と父に泣いて抗議すると、父はこう言うのです。

ゆくさんは1週間前に出征兵士を駅で見送り、その時に肺炎にかかって高熱が続きました。
それでも「子どもたちは試験中で、邪魔になるから知らせてくれるな」と懇願し、夫にひとつ頼み事をしたのです。

子どもたちの試験の時は、高崎の神社仏閣にずっとお参りをしてきたんですよ。お父さん、どうか代わりに行ってきてください

父は自転車で神社仏閣を走り回りました。
ゆくさんは非常に喜び、その晩容態が急変したのです。

母は子どものことを気遣い、自分の生活は切り詰めても、子どもが不自由しないようにと保護ネットをコツコツ作ってくれるものです。
世の中にこれほど有り難い存在はありません。

その母を、家に帰ったら死んでいたからと言って、布団に包んで押入れに3年間も放置したことには、人に言えないよほどのことがあったのでしょうか。

原理講論で言う「地上地獄」と言う表現が、まんざら大げさではないという気がしてきます。
私たちはともにそこの住人として、問題の解決に責任を持たなければいけないでしょう。

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母親を毛布に包む息子も同じ人間です * by taro
憎しみゆえの行動、金銭目的、あるいは他の事情なのか?
息子の行動の動機や現在の心境について実際のところはわかりません。

しかし、たとえ息子に残酷な動機があったとしても、時間の経過とともに、母親の愛情を感じ後悔の念に苦しんで改心し、そのことゆえに神様に出会える道が開かれるかもしれません。
あるいは事件が明るみになった今後、変化が訪れるのかもしれません。
人の復帰の道は様々だと思います。

いずれにせよこのような事件を他人の犯した残酷な行為であると、自分とはまったく関係のないこととして客観的に眺めているだけでは、救いは遠いと感じます。
自分自身にも解決すべき同じような問題が残されているとは考えない、このような風潮の方に違和感を感じます。

Re: 母親を毛布に包む息子も同じ人間です * by 教育部長
確かに私自身、書いた後、客観的だったなあと反省しました。
本人にすれば様々な事情があるでしょうし、心中も穏やかであるはずはないと思います。
それを一部の人の経済的な問題や家族関係の問題として考えるだけでは、問題の根は解決しないでしょうね。
「氏族メシヤ」ということが深く関わってくる問題のようにも思います。

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2010-08-21 * - [ 編集 ]

母親を毛布に包む息子も同じ人間です

憎しみゆえの行動、金銭目的、あるいは他の事情なのか?
息子の行動の動機や現在の心境について実際のところはわかりません。

しかし、たとえ息子に残酷な動機があったとしても、時間の経過とともに、母親の愛情を感じ後悔の念に苦しんで改心し、そのことゆえに神様に出会える道が開かれるかもしれません。
あるいは事件が明るみになった今後、変化が訪れるのかもしれません。
人の復帰の道は様々だと思います。

いずれにせよこのような事件を他人の犯した残酷な行為であると、自分とはまったく関係のないこととして客観的に眺めているだけでは、救いは遠いと感じます。
自分自身にも解決すべき同じような問題が残されているとは考えない、このような風潮の方に違和感を感じます。
2010-08-21 * taro [ 編集 ]

Re: 母親を毛布に包む息子も同じ人間です

確かに私自身、書いた後、客観的だったなあと反省しました。
本人にすれば様々な事情があるでしょうし、心中も穏やかであるはずはないと思います。
それを一部の人の経済的な問題や家族関係の問題として考えるだけでは、問題の根は解決しないでしょうね。
「氏族メシヤ」ということが深く関わってくる問題のようにも思います。
2010-08-21 * 教育部長 [ 編集 ]