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人生100年時代の絶望と希望

kitasendo
2023-12-05

1年以上前の記事「人生100年時代の希望」で、ひとつの人生相談を取り上げ、考へてみたことがあります。

その相談とは、
「人生100年時代に絶望してゐます」
といふものです。

相談者は40代の女性かと思はれます。

彼女は学生のころから
「死ぬときに思ひ残すことがないやうに」
といふ気持ちで、必死に生きてきたと言ひます。

大学を卒業したあと、仕事にも就き、結婚もし、子どもも何人か生んで、家も建てた。人生における大きなライフイベントは大体終へて、「やるべきことはやり尽くした」といふ気がしてゐます。

やり尽くした今はどうかといふと、育ち盛りの子どもは可愛く、それなりにさゝやかな幸せは感じる。しかし毎日は、仕事、育児、家事の繰り返しで、つまらない。目標が見当たらなくなつたやるせなさを感じる。

こんな目標もない生活をこれから50年以上続けていき、ただ歳を取つて老年期を迎へ、
「家族や周りに迷惑をかけないでね」
と言はれてしまふやうな「長生きリスク」を抱へて生きないといけないのか。

老年期の両親を見ても、歳とともにだんだん仲が悪くなるし、ほかを見ても、「羨ましい、あゝなりたい」と思ふやうな先輩が見当たらない。私はこれからどうしたらいゝのでせうか。

だいたい、さういふ相談でした。

その相談に対して、私がなにも回答者といふわけではないのに、どうしたらいゝか考へてみたのです。

そのときの回答は、まづ、50歳以降の人生を「第二の人生」と考へてみる。そして、それを「永遠の長生き人生(あの世)への準備」と捉へて、第一の人生とは違ふ視点を持つて生きたらどうかといふものでした。

それもそれで、ひとつの回答かとは思ひながらも、私の視点も結局は相談者のそれと似たやうなものではないかといふことに気がついたのです。どこが似てゐるのか。それを明らかにして、私が新たに気づいた視点を書いてみようといふのが、この記事の目的です。

相談者は、学生の頃から「死ぬときに悔いが残らないやうに」生きることを目指してきた。それで、卒業後も仕事を頑張り、結婚をして子どもを生み育て、家も建てた。ところが、それらをやり遂げてみると、次の目標が見当たらなくなつたといふのです。

育ち盛りの子どもたちは可愛く、喜びもあるが、老齢の両親を見ると仲が悪くて希望がない。周りにも、模範にできるやうな先輩はゐない。さういふことをあれこれ勘案して、「長生きはリスクだ」と絶望してゐるのです。

前向きに頑張つてきたのに、なぜこんな結論になるのか。相談内容を熟読すると、相談者の目はいつも、未来自分の外に向いてゐることに気づきます。

若いときから、「死ぬとき」に視点が設定されてゐた。そして今は、老齢の親や先輩の姿に自分を重ね合はせてゐる。そのために、相談者は「自分を見失つてゐる」やうに思はれるのです。

相談者は周到な人でせう。若いときから人生の最後を想定してゐる。ローンの返済を計算して、可能なうちになるべく早く家を建てる。

目標を立てて、何歳までにはこれこれをし終へる。さういふ生き方は、用意周到で賢明なやうに見えます。しかし、自分を見失ふ。それはつまり、「今を見失ふ」といふことです。

相談者は、子どもは可愛いと言ふ。しかし、日々の生活はルーティンで、つまらないと感じてゐる。

ところが、よくよく考へてみると、私の生活は「今」にしかないのです。今目の前の子どもが可愛いと思ふ。今食事を作る、今掃除をする。それ以外に、私の本当の生活があるでせうか。

「何年後には家のローンが払ひ終はる」
「死ぬときに、悔いがないやうに生きよう」
「私も歳を取つたら、あの親のやうになるのだらうか」


これらは概念であつて、生活ではない。相談者は概念を生きてゐるのであつて、今の生活を生きてゐない。それが言ひ過ぎなら、疎かにしてゐる。それが、絶望に陥る理由ではないかといふ気がします。

この相談者の視点に私も似てゐると感じたのは、こゝです。

「第二の人生はあの世の生活の準備と考へる」
といふのは、これもまた概念であつて、「今」にゐないのではないか。

第二の人生では、体力は次第に衰えるでせう。しかし良い点があるとすれば、ローンも近いうちに完済する。子育ては終はつてゐる。年金があれば、週40時間の労働も必要ない。さういふ、人生のゆとりが生まれるところでせう。

そのときに、「今」がより大きく立ち現れてきます。

今日の食事作りが楽しい。夫婦の何気ない会話が楽しい。時々やつて来る孫が可愛い。庭に咲いた薔薇に見惚れる。

さういふ「今」を、ぢつくり味はふことができます。自分の魂を満たしてくれるのは、この「今」しかないのです。

そのときに、
「死んだら、どんな所に行くのだらう?」
などと懸念する必要はない。

「私はこれからどうしたらいゝのでせうか」
といふ相談者の問ひに対しては、
「あなたの目を、未来と外にではなく、今と内に向け直してみてはどうですか」
といふ提案をするのが、より良い回答になりさうな気がします。

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