葬儀直後の蜂騒動
夜中にてつこさんが息を引き取つていく様子については、前回の記事「風の如く、てつこさん逝く」をご覧ください。今回はその続きです。葬儀が終はつた直後の事件についても書いてみます。
てつこさんが実際に息を引き取つたのは、多分、21日の深夜前後。しかしそれからしばらく2人だけの時間を過ごし、かかりつけのお医者さんに来てもらつたのは、22日の朝6時前です。
お医者さんは、瞳孔を確認し、脈を診、胸に聴診器を当てゝ、
「お亡くなりですね」
と言はれ、死因は「老衰」といふことになつた。
この死亡診断は、私にとつて、とてもよかつた。多分、てつこさんにとつてもさうだつたと思ふ。
3年半の介護生活の間、てつこさんは脳梗塞こそ起こしたものゝ、風邪にもコロナにも罹らず、熱ひとつ出したことがない。点滴を受けたのも、脳梗塞のあとと、軽い栄養失調になつたときだけです。
最後の1カ月ほどは、自然に食が細り、臨終間際の3日間で便も出し尽くしたので、最期は体の中に余分なものが本当になかつたと思ふ。だから、苦しむといふ様子がまつたく見えなかつたのです。
「老衰」といふのは、最良の逝き方だなと思ふ。枯れ木が朽ちて、自然に土に還つていくやうな感じです。
一方、私はと言へば、18日ごろから両脇腹に神経を突くやうな痛みが断続的にあり、なかなかおさまらないので、21日に病院で診てもらふと、「帯状疱疹」と診断された。抗ウイルス剤と痛み止めを飲み始めたところへ、てつこさんの最期が突然来た。わざと創つたやうなタイミングです。
痛みが消えやらないまゝに葬儀の準備に取り掛からねばならなかつた。23日の夕方に通夜、24日の午前中に葬儀の段取りです。規模は前々から考へてゐたとおり、近親者だけに絞つた内々の小ぢんまりしたものですが、参列までは案内しない遠い親戚にも、通知の連絡だけはしておかねばならない。
式はどちらも私が喪主を務め、通夜では息子が、葬儀では娘がそれぞれ、てつこさんの思ひ出話をしてくれた。母親が早く亡くなつて、てつこさんが母親代はりに2人を育てたから、思ひ出は2人ともたつぷりあつた。
24日の昼前に葬儀が終はり、すぐに出棺、火葬場へ移動。火葬が終はるまで約2時間かかる。その間に食事に行かうといふ話になつたのですが、その頃から私の体調に異変を感じ出したのです。
頭から血の気が引くやうに、ボーッとする。体から力が抜けていく。腰の背中側に締め付けるやうな痛みが起こる。
食事が終はつても、体調は恢復しない。子どもたちは翌日からの仕事もあり、火葬場で解散して直ぐに帰る予定だつたが、私はさほど遠くもない自宅まで車で帰るのも心配なほどだつたので、子どもたちに家まで送つてくれるやう頼んだのです。
息子も娘の喜んで送つてくれたのですが、家に着いてみると、予想もしなかつた珍事がひとつ発生した。
その日の朝、葬儀に出かけるとき、車庫の天井に数匹のアシナガ蜂が飛んでゐた。「珍しいな。どこから来たんだらう?」と思ふくらゐだつたが、帰つてみると、その数がやたらとふえてゐる。
珍事は、そのあとです。
台所に入ると、蜂が5,6匹飛び回つてゐる。窓を少し開けてゐたので、そこから入つたのに違ひない。驚いたことに、天井の蛍光灯を見上げると、そこに10匹以上纏はりついてゐる。
そこからは大慌て。殺虫剤を探すが、使ひかけのゴキブリ用しかない。それでもありつたけ噴霧し、蜂は床に落ち始めたが、間もなく殺虫剤が底をついた。
息子が車庫に行つて天井を確認してみると、かなり大きな蜂の巣がある。
「これだよ!」
と言ふが、私はこれまでまつたく気づかなかつた。しかも、これまで蜂の姿など見たこともなかつたのです。
しかし息子は驚いて、すぐさまAmazonで超強力な蜂の巣用の殺虫剤を注文する。

「父さん、明日には届くから、それまでは近づかないで!」
と息子。
「お父さん、届いても自分でやつけようとしないで! 絶対危ないから。私が業者を探して駆除頼んであげるから、自分で何とかしようとしないで!」
と娘。
とにかく、私は体調が悪い。殺虫剤も切れてゐる。できることはないから、台所を締め切つて、しばらくは他の部屋に退避するしかない。
子どもたちは、葬儀が終はつたばかりの珍事に見舞はれた哀れな父を気にかけながら、それぞれ帰つて行つた。しばらくして、我が家のグループラインに息子からメールが届いた。
「俺たちが父さんを送つて蜂騒動まで見届けられたのは、ばあちやんが『うちが大変なことになつとるよ』と知らせてくれたのかもしれないねつて、話してる」
面白いことに気づくな、と私も思ふ。もしも本当にさうなら、てつこさんの他界後の初仕事だ。とすれば、あの寝たきりの姿から、あつといふ間に「スーパーてつこ」に変身したのかもしれない。
ところが、不思議なことはこれで終はらないのです。
娘が頼んでくれた駆除業者がすぐ翌日に来てくれた。
車庫の蜂の巣を見て、
「これは、かなり大きいですね」
と言ふ。
ところが、よくよく見ると、その巣に蜂の姿は1匹も見えないのです。近くにも飛んでゐない。業者の人も首をひねりながら、もう少し近寄つて見ると、その巣はずいぶん古い。成虫も幼虫もゐない。もぬけの殻です。
「蜂の出どころは、この巣ぢやありませんね」
さう言つて、業者の人は近くにあつた木の棒で巣を天井から削ぎ落す。
「これ、要ります? 要らなければ、持ち帰つて処理します。作業代も要りません」

この一部始終を子どもたちに報告すると、彼らも一様に頭をひねる。
「なんだつたんだらうね?」(娘)
「死者が虫に宿るといふのは昔からよく言はれてゐるらしい。葬式のときに虫が1匹飛んで出て行かないとか」(息子)
息子はそこからさらに考察を進めて、
「さう言へば、昨日、スズメ蜂が1匹混ざつてゐるのを見た。スズメ蜂はアシナガ蜂の天敵で、飾り物を置くだけでも巣を捨てて逃げていくらしい。アシナガ蜂を追ひ払つてくれたのがおばあちやんだつたら面白い」
と分析する。
「死者が虫に宿る」といふのは、まんざら根拠のない迷信でもない気がします。
私にも、亡き妻にまつはる「蛍体験」がある。評論家の小林秀雄も自分の「蛍体験」を『感想』といふ随筆に書いてゐる。
今回の場合、てつこさんはスズメ蜂だらうか。むしろ、今回の騒動全体を演出したのがてつこさんだつたと考へるのが面白さうです。
葬儀の直後から、私の体調が崩れる。子どもたちにわざわざ家まで送つてもらふ。その日だけ、蜂が大量発生する。大慌てになる。子どもたちも「お父さんを家まで送つて、よかつた。一人で帰らせたら、どうなつてゐたか」と安堵する。そして、その翌日からはぱたりと蜂が姿を消す。
これ全体がてつこさんの巧妙な演出です。
そして、
「わたしはかうして、あなたらの傍にゐるよ。スーパーてつこであなたらをいつも守つてあげるから、忘れないでね」
と言つてゐるやうです。

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