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友だちなんて要らない

kitasendo
2023-05-30

およそ2年ぶりくらゐで訪ねてみると、男の子はずいぶん成長したやうな声に変はつてゐた。Youtubeのチャンネル「神様が見える子供たち」です。

神様から聞いた話だと言ふ彼の話がとても興味深い。

「人間関係なんていらない。友だちなんていらない」
と言ふのです。

しかも、
「無理して友だちを作らなくてもいゝ」
といふやうな話ではなく、
「友だちはないほうがいゝ」
と言ふのです。

本当に神様の話だらうか。少なくとも、年頃の男の子が言ひさうな話ではない。

なぜ友だちはないほうがいゝのか。

「友だちがゐると、その人と話すことに気を取られて、自分の中のたましいと話をしなくなるから」

友だちがゐないと、全然さびしくない。自分のたましいと友だちになると、むしろ、楽しくて仕方ない。

友だちと一緒にゐると、本当の自分でゐられない。相手にどうしても合はせないとつき合へない。

ところが、一人でゐると、自分のたましいと自由に話せる。元々人間は友だちがゐないほうが楽しいやうに創つてある。それなのに、友だちをたくさん作らうとするから、苦しくなる。

たましいは肉体のことが嫌ひなやうです。

「あなたの中にたましいがゐるのに、どうして外側に友だちを作らうとして、たましいと話さうとしないんだ?」

そして、ほとんど諦めかけてゐる。

「一生懸命に話しかけても、たましいの声を聞いてくれないんぢやないか」

友だちとばかりつき合へば、どうしても友だちと同レベルになつてしまふ。しかし、もしたましいとよくつき合へば、自分はどんどん成長する。

大体、こんな話をしてくれてゐます。

彼は「たましい」といふ言葉を使つてゐますが、その呼び方はいろいろあるでせう。「良心」といふ人もゐれば、「ハイアーセルフ」といふ人もゐる。「真我」と言つてもいゝし、「本質」と言つてもいゝ。

いづれにせよ、外側の友だちより内側の友だちに、もつと目を向けるべきだと言つてゐるのです。これは本当に、きつぱりとしたメッセージだと思ふ。

現実には、人間関係なしには生きていけさうにないし、友だちと過ごす時間は楽しくもあるでせう。しかし、それ以上に貴重で楽しく、充実した友だち関係を、我々は見失つてゐるのではないか。外的な友だち関係を作る前に、内的な友だち関係をもつとしつかりと作るべきではないか。

最後のあたりで、こんなことも言つてゐます。

たましいは、決して苦しいことをさせない。なぜなら、たましい自身が苦しいことを嫌ひだから。

これは確かにいゝ友だちですね。友だちのペースに合はせようとして、自分を偽る必要がない。ありのまゝの自分でつき合へる。



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Admin:kitasendo