未確定で生きる
1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進博士がこんな話をしてゐます。
有能な科学者とさうでない科学者の差は、最初に立てる仮説の違ひである。 |
ノーベル賞を取るくらゐの学者でないとなかなか大上段に言へない言葉です。しかし、なるほどさうかとも思ふ。
最先端の科学はつねに「既知の世界」と「未知の世界」との境界線に立つてゐるわけでせう。現代科学でさへこの世の5%程度しか分かつてゐないのだとすれば、我々は95%の膨大な「未知の世界」に取り囲まれてゐる。
その「未知の世界」を探求していくに当たつて、その世界はどんなふうになつてゐるか、その「仮説」を立てる。どういふ「仮説」を立てるか。そのときに、一流と二流三流の違ひが出てくるといふわけです。
それなら、一流の「仮説」はどのやうに浮かんでくるのか。
「仮説」を組み立てるのは大脳皮質に違ひない。こゝは過去の体験や過去に学んだ知識を蓄へておいて、その中から適宜有効さうなものを引つ張り出して組み立てる。つまり、過去の積み上げが必須なのです。
ところが「未知の世界」の原理を解明しようとすれば、「既知の知識」だけでは当然足りない。そこで一流の「仮説」を立てるには、既知の知識にないものをプラスしなければならない。そのとき、既知の知識が却つて邪魔になる可能性もあるから、既知の知識は捨てたほうがいゝ場合もあるでせう。
こゝに一流と二流三流の違ひが出てくるのかもしれない。
つまり、二流三流は既知の知識の枠からなかなか出ることができない。それに対して一流は、既知の知識を一旦手放すことでその枠から飛び出すことに成功する。
我々の大脳皮質は、過去のものを組み立てて応用できる。これは非常に優秀な生命活動に見えながら、反面、蓄積されたものしか使へない。蓄積したものに縛られる。こゝが最大のネックとも言へます。
かういふ大脳皮質の限界のゆゑに、近代にイギリスで製品の機械による製造が始まつたとき、職人などがその機械を叩き壊すといふ騒動が起きた。自分たちの職が奪はれると恐れたのです。
なぜ奪はれると思つたのか。当時の職人たちの頭には「工場労働者」「サラリーマン」といふ概念がなかつたからです。「サラリーマン」が職業の大半となつた今から見ると、愚かのやうに見える。しかしその知識のない当時の人々にとつては恐ろしい死活問題だつたのです。
話が飛ぶやうですが、もつと遡れば、今から2000年前、イエスが登場したとき、当時のユダヤ社会、特に宗教的リーダーたちから猛反発を喰らつたのも、同じ理屈でせう。当時の人々には、メシヤがどんなふうに、どんな姿で来臨するか、その知識がなかつた。
旧約聖書には
「主は天の雲に乗つてやつて来られる」
といふ預言があつたが、それが却つて邪魔になつたとも言へます。
こんなふうに見ると、科学においても、社会生活においても、さらには信仰においても、大脳皮質の「既知の知識」は躓きの石になる可能性が大きい。かと言つて、大脳皮質の働きを止めるわけにもいかない。それはそれで必要です。
大脳皮質は活用しながら、同時に過去に囚はれないためには、どうしたらいゝでせうか。これからは量子力学が世の中を大きく変へていくと(素人ながら)思ふ。
それは100年前に生まれ、
「量子は観測されるまで位置も状態も確定しない」
と主張したのです。
この「仮説」は我々の「既知の知識」をひつくり返すものだつたが、今ではそれを認めるしかなくなつてゐます。しかも科学や応用技術の分野ばかりではない。我々の日常生活全般に亘つて、この「仮説」抜きでは営まれなくなつていきつゝあると思ふ。
これからの生き方は、大脳皮質の半分はこれまで通り「既知の知識」で動かす。しかしあとの半分は「空(から)」にしておくのがいゝと思ふのです。
「あの人は、これまでの言動から見て、かういふ人だ」
といふ考へは、大脳皮質の半分に納め、あとの半分は「未確定」にしておく。
その人がこれからもこれまで通りかどうか、未確定である。あるいは、自分がまだ知らない部分が膨大に隠れてゐるかもしれない。その人が「正しい」とか「間違つてゐる」とか、とても今俄かに決められることではないのです。
「死後の世界はあるのか」
「テレパシーは使へるのか」
「死んだ人が離れた人の夢枕に立つことがあるのか」
さういつたことも、これまでは信仰を持つ一部の人の信念、あるいは思ひ込み、あるいは偶然などと見なされてきた。しかしこれらさへ、今や量子力学で解明されるかもしれないといふところまで来てゐます。だからこれも大脳皮質の「空」のほうに「未確定」として格納し、保留にしておく。
我々の知識の現状からして、「確定」はせいぜい5%。あとの95%は「未確定」です。それなら、「観測されるまで、何も確定しない」と考へて生きるのが一番賢明だとは言へないでせうか。

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