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元教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長を辞しても思索する日々

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太平聖代への展望「エネルギー編」

fusion

文先生が最近しきりと「蕩減復帰時代を越えて、太平聖代の時代が開かれる」と言われるように、現代は人類史的規模での大きな転換が進行している時代なのだろうと思います。
しかし具体的には、どこがどのように変わっていきつつあるのでしょうか。

幸せの予約、承ります。 』(小笠原慎吾著)を参考に、いくつかのヒントを考えてみようと思います。

蕩減復帰時代というのは、マイナスをゼロに戻す時代だと言えます。
アダムとエバから始まった過去の過ちや罪を埋め合わせ、出発時のゼロ状態に戻すために償いの人生を生きざるを得ませんでした。
それで、「不幸であること」が常態だと誰もが思い込んできたのです。

私たちの心は我欲、妬み、嫉妬、憎しみ、恨みなどの堕落性に囚われていたので、お互いを信用することができず、自分が生き残るためには、他と競争して勝たなければならず、詐欺や裏切りなども常用されてきました。

また、世界観の根底には「物心二元論」がありました。
目に見えない心と目に見える物質はまったく違うものだと考えたので、アウグスティヌスなども「神は無からこの宇宙を創造した」と言わざるを得なかったのです。

それに対して、これから開かれる太平聖代は、ゼロからプラスを創り出していく時代だと言えるでしょう。
幸福であること」が当然の時代になっていきます。

過去の過ちや罪が清算されるにつれて、私たちの心は次第に本来の状態を取り戻し、我欲や妬み、恨みなどが薄れていきます。
競争して生き残るのではなく、共存して繁栄することが主要な価値になるでしょう。

霊界に通じる人が増え、霊界の実相がより詳細、明確に分かっていくにつれて、科学にも新しい展開が生まれ、量子力学はさらに発展して、「物心一元論」(統一思想では「唯一論」)の世界観が一般化するでしょう。

霊界が明らかになるにつれて宗教の必要性がなくなります。
特定の宗教がなくとも、人は霊界まで視野に入れて生きれば、決して自ら進んで悪を行わなくなります。
私たちの本心は自ら不幸になることを願わないからです。

宗教や法律がなくても、自律的に正しく生きる生き方を文先生は「正午定着」と表現されています。

さて、もう少し個別的に世の中の変化を見ていきましょう。

energy

① エネルギー
心と体、精神と物質を別と考える二元論の時代には、エネルギーを取り出すにも、目に見える物質(石炭、石油)を壊して目にみえないエネルギーを作り出すという考え方でした。(これを破壊文明と呼びます)
その意味で、原発や原爆などの核分裂技術は、従来の破壊文明における最高レベルだと言えます。

それに対してこれからは創造文明の時代になります。
例えば、従来から核融合の研究は行われていますが、いまだに実用化のレベルには至っていません。
これは破壊とは反対の、異なる物質をひとつの物質として再創造する技術だと言えますから、時代が変わっていってこそ実用可能になると思われます。
さらには、今はまだ発見されていない全く新しいエネルギーが実用化される可能性も高いでしょう。

またこれまでは、必要なエネルギーの大部分は巨大な設備なしには作れないために、ごく少数の石油メジャーや電力会社が個々人に供給するというシステムでした。
ここには必ず複雑な利権が生じます。

しばらく前から一般家庭の屋根にソーラーパネルを組み込んで、エネルギーの一部をまかなうというシステムも広まりつつあります。
これですべてのエネルギー需要をまかなうのは難しいでしょうが、これは今後のエネルギー自給自足への過渡的な形だと見ることもできます。

今でも電卓など消費電力が少ない電化製品には半永久的な電池が組み込まれています。
今後はこれがさらに広がり、テレビや自動車などにもエネルギーを内蔵した製品が開発されるかも知れません。

すなわち、エネルギーは空気と同様、最も普遍的な万人の共有財産となり、空気のように限りなく無料に近づいていくでしょう。

次回は、産業の変化、経済の仕組みの変化などについて考えてみます。

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2010-07-31 * - [ 編集 ]