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元教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長を辞しても思索する日々

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間取りから家族関係を考える

間取り

数年前のことですが、横山彰人一級建築士が、
家の間取りで生活習慣も変わり、家族関係を崩壊させてしまうこともある
と、ユニークな論を展開していたのを印象深く記憶しています。

横山氏が近年の凶悪犯罪者の住む家を間取りの観点から調べたところ、
子供部屋が閉鎖的で密室空間になっている
という共通性が見出されたと言うのです。

子どもが他のどの部屋も通らずに玄関から自分の部屋にアクセスできる構造です。
部屋には鍵がかかり、親さえ容易に入ることができない内に、子どもがその中で思いもしない変容を遂げているというような事態があり得ます。

ところが、これは子どもだけの問題ではありません。
夫婦も年老いた祖父母も、間取り一つで家庭内別居になり、痴呆が急速に進むという事態になりかねないと、横山氏は指摘していたのです。

私は高校に上がる直前に新築した家に引っ越しました。
古い家は全てが障子と襖で区切られる、典型的な日本の伝統的な間取りで、中学になってやっと襖一つ隔てた6畳ほどの部屋を勉強部屋にもらいました。

しかしその部屋を通らないとトイレに行けない構造で、完璧なプライベートな空間にはなり得ない間取りだったのです。
家の真ん中が掘りごたつのある居間で、家に1台のテレビもここにありましたから、家族がここに集まらざるを得ない間取りだったと言えます。

しかし新しい家では、二階に自分の一部屋をもらい、高校卒業までの3年間過ごしました。
鍵こそかからなかったものの、一番奥まった部屋ですから、親もめったに入っては来なくなり、自分だけの天地を所有したような気分でした。

間取りによる家族関係という点まで考慮して家を建てる人はあまりいないでしょう。
またそういうアドバイスができる建築士もほとんどいないと、横山氏は言っています。

子ども中心の間取りが一番良くない。あくまでも夫婦中心であるべき
というのが横山氏の指摘でした。

この指摘は正鵠を射ていると思います。
人倫の秩序がそうであり、間取りはそれの表れとして、一致させるのが至当でしょう。

障子と襖だけで、多感な子どもたちのプライバシーを確保してやれないのは可哀想だとの論もあります。
しかし子どもたちにとって最も必要なのはプライバシーではなく、父母の愛でしょう。
プライバシーだけがあって父母の愛がないのは、まさに百害あって一利なしの悲劇と言うしかありません。

確かに、間取りを考慮するのは有効とは思いますが、家族関係さえ良ければ、間取りはさほど気にするほどのことはないように思います。
子どもが玄関からどの部屋も通らずに自分の部屋に直行するというのは、間取りの問題ではなく、それ以前の家族関係の問題でしょう。

逆に家族関係が良ければ、子どもの部屋はあってもちょくちょく居間にやってきては親としゃべったり、勉強を教えてもらったりするものです。
1人で部屋にいるより家族と過ごすほうが楽しければ、子どもは部屋にこもらないはずです。

昨今、個人のプライバシーが強調される一方で、「団欒」が持ちにくくなったという問題がよく指摘されます。
大人自身が団欒を作る能力を欠き、プライバシーという名の無関心に逃げてしまうのであれば、いくら間取りを整えたとしても、豊かな家族関係を築くことは至難でしょう。

我々は一体どういう家族を作りたいのか
そのように改めて問うてみるとき、間取りを考えることも一つの助けにはなり得るでしょう。

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2010-07-28 * - [ 編集 ]