聖人の怒り
預言者ムハンマドは
「どんなことがあつても怒らないやうにしなさい」
といふ平和の秘訣を教へたといふのですが、問題はどうしたら怒らないですむかといふことなのです。(参考「イスラム(平和)の人になる」)
怒りといふのは思ひや考へではなく、感情です。私は怒らないといくら頭で決めても、感情は頭に従つてはくれない。怒りが出るときは出るものです。
怒りとはそもそも何か。どのやうに湧いてくるのか。さういふ怒りの正体やメカニズムについてはすでに多くの考察がなされてゐるので、こゝではそれを一旦脇において、聖人の怒りについて考へてみようと思ひます。
さて、ユダヤ人の過越の祭が近づいたので、イエスはエルサレムに上られた。そして牛、羊、はとを売る者や両替をする者などが宮の庭にすわり込んでいるのをごらんになって、なわでむちを造り、羊も牛もみなみな宮から追い出し、両替人の金を散らし、その台をひっくりかえし、はとを売る人々には「これらのものを持って、ここから出て行け。わたしの父の家を商売の家とするな」と言われた。 (ヨハネによる福音書2:13-16) |
これはかなり激しい怒りですね。人が屋台を出して商売してゐるところへ乱入して、むちで売り物の動物を追ひ払ひ、売り上げのお金のひつくり返し、「こゝから出て行け」と怒鳴る。まるで自分のシマから追ひ出す乱暴な893のやうです。
もつとも追いひ出す理由が、いささか風変はりです。「こゝは俺のシマだ」といふ代はりに「こゝは私の父の家だ」と怒鳴つておられる。
もう一つ、これは私の体験です。
文鮮明先生がまだご存命のころ、米国ラスベガスでお目にかかつたことがあります。狭い部屋に20~30名が坐り、夜明け前から先生のお話が始まつた。
先生の話は長い。横の窓から朝日が差し込み始める。どういふ話の流れであつたか、今では思ひ出せないのですが、あるときから急に怒り始め、声が荒々しくなつた。
そして横に挿してあつたバラをやおらむずと掴み、それを勢ひよく床に叩きつけられたのです。哀れ、バラはつぶれ、花びらはパッと無残に散乱した。
どうしてそんな急に激怒されたのか、私にはそのときすぐに合点がいかなかつた。ただ、目の前に主の怒りを被つて散乱したバラの花びらが哀れで、ササッとその1枚を拾ひ上げ、ノートに挟んで押し花にし、日本まで持ち帰つた。その花びらは今でも、私の卓上の写真立てにしつかりと保存されてゐます。
怒りに任せてモノに当たるといふのは、我々もよくありますね。モノを投げたり、壁に穴を開けたりする。しかし仮にも「万物を愛せ」と日頃教へるかたが、あんなことをしてよいものか。
イエス様の屋台打ち壊しにしても、文先生のバラ叩きつけにしても、それらは所謂「義憤」あるいは「公憤」といふべきものだらうかと、私なりには思ふ。怒りは怒りでも、ふつうの怒りとちょつと違ふ。
我々が怒りに任せてモノに当たつたり攻撃的になつたりするのを「私憤」と呼び、「公憤」はこれと区別して考へてみる必要があると思ふ。
「私憤」も「公憤」も怒りなので、血圧が上がつて頭に血が上り、臨戦態勢に入つて攻撃的になる。筋肉は緊張して、最大限の力を発揮できる準備をする。相手を威圧するオーラが広がる。
しかし「公憤」の場合、本当には怒つてゐない。といふか、怒りながら我を忘れるといふ状態ではない。怒つてゐる自分を冷静に見てゐるもう一人の自分がちやんとゐて、怒りの効果を計つてゐるのです。
例へば、イエス様の場合なら、自分が怒りを露わにし、それを行動で示すことで、
「お前たちのやつてゐることは、この怒りに相当するほどに間違つたものなのだ」
といふことを心底悟らせようとする。
文先生の場合も、それと同じではないか。
これは仮説ですが、「私憤」は自分の中にある怒りの種が原因で生じる。本人は「誰かのせいで」と思ひ込んでゐるとしても、実際には自分の中の種が原因となつて怒りが生じる。
ところが、「公憤」は自分の中に怒りの種がない。本来はどんなことにも怒らない人なのですが、相手に己の間違ひを悟らせるために、一種の「パフォーマンス」としての怒りを見せつける。相手への反感も憎しみはないので、怒りが過ぎ去つたあとは「一体何があつたか」といふほど自然にその相手を愛することができるのです。
もつとも、ふつうの人が見れば、「私憤」も「公憤」も区別は容易につかない。だから、聖人の怒りは誤解されやすい。怒られても自分の非に気づかなければ、却つて聖人を憎むことになるでせう。
私も自分の非によく気がつかない蒙昧の人ですが、せめて「公憤」を「私憤」と混同しないやうになりたいものです。

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