「メタ認知」の妙味
「メタ認知」は元々認知心理学の専門用語だつたものが、最近ではビジネス分野などでも注目され、広く一般に知られるやうになつてきました。
「メタ認知」の「メタ」とは「高次の」いふ意味で、「メタ認知」とは「自分自身を上から見る、俯瞰する」といふやうな概念です。「認知してゐることを認知する」とも説明されたりします。
要するに、自分自身をどこまで深く正確に知ることができるか。それがメタ認知の眼目です。
ところが、これが存外容易ではない。
我々の五感はすべて外側に向けて開かれてゐて、環境の情報を受信して脳に取り込む。そこで情報の要不要、緊急不急を判断し、自分の生存に役立てるやうになつてゐます。
それで、我々は外部認知は得意でも、内部認知には慣れてゐない。何ものかを認知している自分を認知するのは難しい。それでゐて、「自分のことは自分が一番よく知つてゐる」と思ひ込んでゐたりするのです。
自分を知るのに、「内省」といふ方法があります。これももちろん有効でせうが、他者(人でもモノでも)を「鏡」として使ふといふ方法がある。それを説明する茂木健一郎さんの動画が参考になります。
自分を映す鏡の見つけ方。自身を知るメタ認知の方法
自分の特徴、長所短所、あるいは価値観。さういつたものをどうやつてメタ認知するか。相手に映して、それを見るといふわけです。
例へば、誰かの振る舞ひや言動を見て、共感をしたり反感を抱いたりします。そして、「あゝ、この人はかういふ人なんだな」と思ふ。つまり、自分がその人を評価してゐると考へる。それが我々のふつうの自覚です。
ところがこのとき、
「どうして私は、この人をこのやうに評価するのだらう」
と考へてみるとどうなるか。
これがメタ認知の入り口です。
「どうして私は、この人のかういふ言動に共感するのだらう」
「どうして私は、この人のかういふ言動にイライラするのだらう」
このやうに、相手に対する自分の反応を冷静に分析することによつて、自分の内面を知る。これが「相手を鏡として、自分を見る」といふ方法です。
これは、認知におけるコペルニクス的転回と言つてもいゝほど重要なポイントだと思ふ。
つまり、従来は私が相手を見てその人を評価してゐると思つてゐた。ところが本当は、私が相手を通して自分を評価できるといふことなのです。相手を見てゐるとばかり思つてゐたのに、実は自分自身を見てゐたのです。分かつてみると、ちよつとした驚きですね。
この方法は、「内省」といふ方法よりもはるかに正確に自分を認知できる方法だと思ふ。「内省」といふのは、謂はば、鏡を使はずに自分を観ようとしてゐるやうなものです。
さうだとすると、我々は一人きりで生きてゐては、本当に自分を知ることができない。他者と一緒に生きながら、お互ひに相手に自分を映して自分を知るやうになつてゐるのです。
その他者は、自分が好きな人だけではない。自分に合はない人、自分が嫌ふ人もゐてこそ、「メタ認知」の精度を上げることができる。その観点に立てば、自分に合はない人ほどありがたいとも言へます。
「堕落性を脱ぐ」といふことについても、この「メタ認知」が有効、といふより必須だと思ふ。
カインはアベルを鏡とし、アベルはカインを鏡としながら、互ひに自分をメタ認知してこそ、何が自分の堕落性なのかを知ることができます。堕落性を知つてこそ、それを脱ぐことができます。
「あいつ、嫌な奴。腹が立つ」
と思つたとき、それはあいつが悪い奴だからではない。
あいつの姿に「嫌な」ものを映し出してゐる自分自身、腹が立つ自分自身だけを見る。そこでのみ、神の復帰摂理が始まるのでせう。

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