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「呼びかけ」は私を導く

kitasendo
呼びかけ

Netflixでテレビドラマ「Manifest」を観てゐます。初めは、こんな設定で話が長く続くのかと思つてゐたところ、意外にもどんどん話が展開する。実際、このドラマの第1話はその年の新作ドラマの中で、視聴率トップを獲得したやうです。

中米ジャマイカから米国ニューヨークに向かふ飛行機828便は、途中で突然発生した乱気流に巻き込まれる。何とかそれを潜り抜けてニューヨークに到着したものの、そこは何と5年半後の世界だつた。

この5年半といふ時間のズレがなかなか絶妙です。乗客たちはそれぞれ元の生活に戻つて行こうとするが、その全員に不思議な現象が現れ始める。彼らが「呼びかけ」と呼ぶ、幻聴や幻視が頻繁に彼らを襲ふやうになるのです。

「呼びかけ」はいつも不明瞭なかたちでやつて来ます。

あるときには
「彼を解放してあげて」
といふ声が聞こえる。

しかしその「彼」が誰のことなのかは示されないのです。それでもその声を信じて事態に対処すると、思ひがけず誰かを助けることになつたりする。

そんなふうに、その「呼びかけ」に導かれながら行くと、次第に絡まつた糸が少しづつほぐれるやうに、秘密が一つ一つ明らかになつていく。そして、彼らが行方不明になつてゐた5年半といふ期間が、彼らに残された生存期間であることが分かつてくるのです。

予想外の展開も面白いのですが、私が興味を惹かれるのは「呼びかけ」といふ設定です。

元乗客たちは頻繁にこの「呼びかけ」を体験するものの、その送り主がどういふ存在であるのかは分からない。特に初めのうちは、それが「善」であるのか「悪」であるのかさへ不明で、彼らはそれに従ふべきかどうか何度も逡巡し、葛藤するのです。

それでも繰り返し「呼びかけ」に応じていくうち、その結果は悪くないやうに思へてくる。「呼びかけ」の主の正体は分からないにせよ、従つていくしかないといふ合意ができあがつていきます。

このドラマはシーズン3まで製作されてゐますが、私はまだ1の途中。今後「呼びかけ」の主の正体が分かるのかどうかも知らないまゝ、この記事を書いてゐます。

ドラマでは828便の乗客だけに「呼びかけ」が感知されるのですが、ドラマではない現実の世界において、我々は誰もみなこの「呼びかけ」を体験してゐると思ふ。その「呼びかけ」の主は「私の良心」です。

ドラマの中では、歩いてゐるとき、誰かと話してゐるとき、何かに触つたとき、ふいに「呼びかけ」が訪れる。「私の良心」もさうではないでせうか。

良心の「呼びかけ」も、何の前触れもなくやつて来る。しかしそのとき、我々は往々にして迷つてしまふ。

「この思ひは何だらう。私の勝手な思ひ込みなのか、それとも良心の声なのか」

即座には判断しかねると、頭で考へ始めます。

「本当に今これをすべきだらうか? あまりにも負担が大きい。この方法より、もつと別の方法がいゝのではないか」

そんなふうに、現実的、利害得失的に頭を巡らせ、結局「呼びかけ」は曖昧なかたちでなおざりにされる。そのときはそれで平穏に過ぎ去るやうに思へる。しかし、どうも気持ちがしつくり落ち着かない。その後の事態が何となくギクシャクする。

さういふ体験を何度も繰り返すうちに、だんだんと「呼びかけ」を無視し難くなります。私も苦い体験をしてみて、あるとき、一つのことに気がつきました。

「ある思ひが来たとき、それに対して『それができない理由』を一生懸命探してゐる自分に気がついたら、その思ひは『良心の声』の可能性が高いのではないか」

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