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まるくまーる(旧・教育部長の講義日記)

感謝する権利

2022/06/18
思索三昧 0
義務と権利

日本人であれば、憲法のもとにおいて基本的な「義務」と「権利」が定められてゐます。権利はそれを行使しない自由もあるが、義務は勝手に放棄できない。

例へば、親であれば自分の子どもに6年間の基礎教育を受けさせる義務があり、これを拒否することはできない。

一方、投票の権利はあるが、実際にはどんな選挙であれ、すべての人がその権利を行使することはない。行使しなくても咎められることはないから、大体半分くらゐの人は棄権するのが最近の現状です。

これらの義務や権利は、時代が変はり憲法が変はれば、変更される可能性もあるでせう。しかし時代にかかはらず、国柄にかかはらず、普遍的でありえる義務と権利があるとするなら、それは次の二つではないかと思ふ。

① 霊的に成長し続ける義務
② どんなことにも感謝する権利

人として生まれた限り、誰にでも「霊的に成長する義務」が課されます。と同時に、「感謝する」といふ基本的な権利も与へられる。

こゝでも、権利は放棄できても義務は放棄できないといふ基本原則は、そのまゝ通用します。「霊的に成長する」といふのは宿命のやうなものであり、必ず果たさなければならない。

一方「感謝する」権利には、それを行使するかしないかの自由がある。必ずしも感謝しないからと言つて、咎められることはないのです。

ところでよく見ると、この義務と権利は表裏の関係にあるやうに見える。我々が霊的に成長しようとするとき、「感謝する」権利を行使するのが非常に(多分、最もと言つてもいゝ)有効な方法だと思へるのです。

この権利は、天が我々人間にだけ特別に与へた、ありがたくて貴重な権利です。多分、他の動植物にはこの権利は与へられてゐない。

ところが、あまりにもありがたいこの権利を、我々は有効に行使してゐるだらうか。選挙の投票権利でさへ50%くらゐは行使してゐるのに、「感謝」の権利行使率はそれよりもづつと低いと思ふのです。

「感謝する」権利が賦与されてゐる。それは、我々の中に「感謝する」能力が備はつてゐることを意味します。

天はそれを賦与した上で、
「うまく行使しなさい」
と願つてゐる。

それを行使すればするほど成長するのに、我々はあまり活用しない。宝の持ち腐れのやうになつてゐるのです。

不平不満が出てしまひさうな場面で、「感謝」の権利を行使する。さうすれば不平不満が一つ減つて、感謝が一つ増える。感謝は良質な霊的栄養素を作り出す。

権利を行使して、義務を果たして行くことになるのです。

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