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体の声を聞く

kitasendo
海坂藩

『隠し剣 鬼の爪』(山田洋二監督、2004年)といふ映画の中に、砲術教練の場面があります。

時は幕末。英国流砲術を学んだ教官が東北の片田舎、海坂(うなさか)藩に招かれ、藩士たちに教練を授ける。その教練の中に、歩行法を指導する場面があるのです。

教練

教官は英国流の歩行法を教へようとする。それは今の我々に馴染みのあるものです。胸を張り、足と腕とを交互に振りながら歩く。

ところが藩士たちは、これがなかなかできない。従来の日本人は西洋とはまつたく違ふ歩き方をしてゐたのです。

今では「ナンバ歩き」とも呼ばれるもので、足と腕の振りを同調させる。右足を出すときには腕も右腕を出すといふふうに歩く。といふより、実際には腕はほとんど振らない。

胸は張らず、むしろやゝ前のめり気味に歩く。足で地面を蹴るのではなく、摺り足のやうにして前進する。

このやうに歩くと、体のぶれが小さくなり、軸が安定するのです。

考へてみると、英国流は一歩一歩、体を左右に捻るかたちになり、軸が揺れる。前に振る腕は推進力になつても、同時に後ろに振る腕はブレーキになる。とすれば、この2つの力が相殺して、エネルギーの浪費になるやうな気もします。

しかし、
「さういふ歩き方ではだめだ。戦のときには敏速に歩かないと弾に当たる」
と教官は藩士たちの歩き方を矯正しようと苦心惨憺する。

そこで英国流と日本流、どちらが早いか、一度駆けくらをしようといふことになり、教官と藩士の一人が走りを競ふ。すると確かに英国流のほうがスピードが出る。しかしそれでも藩士たちは、なかなか納得しないのです。

コミカルに描かれてゐるので、初めてこの場面を観たとき、私はただ「面白い」とだけ思つて見過ごしてゐた。

ところが最近、歩き方に関心を持ち始めて改めて観返すと、
「監督は明らかに、幕末から明治にかけて日本人の歩行法が転換したといふ問題意識を持つてゐた」
といふことが分かるのです。

この転換は、かなり大きな問題だと思ふ。

「走る」といふ言葉があります。しかし日常の生活で「走る」といふ場面はほとんどない。走るとしたら、学校の運動会か、電車への駆け込みか、それくらゐのものでせう。

江戸時代までは、人々はもつと走らなかつたらしい。飛脚か駕籠かき、忍者以外に、「走る」といふ観念を持つた人はおらず、ふつうの人々はただ「ナンバ歩き」で歩くだけの生活だつた。

なんば 飛脚

ところが、体力は現代の我々よりはるかに強かつたのです。日本全国から徒歩で伊勢参りをする。小柄な女性でも重い米俵をひよいと背負つてスタスタ歩く。

これは今のやうに筋トレに励んだからではない。いかに体に負荷をかけない動きをするかといふ身体的なコツを自然に会得してゐたからだと思はれます。

私が歩き方に関心を持ち出したきつかけは、最初、左膝の痛み。ふつうに歩くには支障がないが、曲げようとすると痛くて、胡坐もかけない。

次いで、首から方への凝りがひどくなり、振り向くのも見上げるのも難儀をする。横になつても休まらない。

それで堪らず整骨院に通ひ始めて、だんだんと自分の体に意識がいくやうになつてきたのです。

膝が痛いのは、使ひ過ぎたからではなく、むしろ使はな過ぎて退化したのではないか。首の凝りも、その起源は腰にあるか、あるいは膝、足首かもしれない。そんなふうに遡つて、最近「歩き方」にまで辿り着いたのです。

養老孟司さんの言ふ「脳化社会」に浸つて生きると、デジタル中心の観念的な生活になる。デジタルは0か1なのですが、身体は極めてファジーな情報を発信してゐる。その調子は、気圧によつても変化するし、食事によつても変化する。立ち居振る舞ひの影響も受ける。極めて微妙なのです。

「体の声を聞く」
といふこまやかな配慮が必要だなと思ふ。

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Admin:kitasendo