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まるくまーる(旧・教育部長の講義日記)

良寛逸話②「馬之助の放蕩」

2022/06/14
信仰で生きる 0
馬さん

良寛の弟由之(ゆうし)に馬之助といふ息子がゐた。良寛の甥にあたる。

この馬之助が青年になるにつれて、だんだん手に負へなくなる。仕事にも学問にも熱が入らず、酒煙草をおぼえ、夜遊びをするやうになるのです。名主の跡継ぎになるべき息子の行状に弟夫婦は頭を抱へる。

親の言ふことは聞かない。地元の寺の和尚や有力者にも説教してもらふが、効果がない。

そこで兄の良寛に頼むしかあるまいといふ話になつたが、最初良寛は頭を横に振る。

「私は人に意見するのは苦手だ」
と、固辞するのです。

しかし「兄さんしか、もう当てがない」と懇願されるので、良寛は仕方なく、
「それでは、兎に角、顔だけは見に行かう」
と応諾する。

良寛は弟夫婦の家に三泊する。その間も馬之助は毎晩酒を飲んでは夜遅くに帰宅する。良寛はただそれを黙つて見てゐるだけで、説教らしいことは何も言はない。

囲炉裏を囲んで、時折
「お前、何が好きか。今日は何か良いことがあつたか」
と尋ねるくらゐ。

馬之助のほうも、適当に答へるだけ。

三日たつて、良寛は山に帰ると言ふ。弟夫婦は「ついに兄さんでもだめだつたか」と落胆する。

ところがいざ帰らうとするとき、良寛が草履の紐を結ばうとして手間取る。

「馬さん。わしも歳をとつて、草履の紐を結ぶにも難儀をする。ひとつ結んでもらへんか」

さう頼まれて、お安い御用と、馬之助は良寛の足元にしゃがみ込んで、紐を結ばうとする。と、馬之助の首筋に数滴、何かが落ちるのを感じた。

ハッと思つて目をあげて見ると、良寛の目に涙が溢れてゐる。良寛は何も言はない。馬之助も無言。弟夫婦も、脇から固唾を飲んで見守つてゐる。

草履を履き終へると、良寛は立ち上がり、
「お世話になつた。それではみんな達者で」
と言ひ残し、笠をかぶつて出て行つた。

ところがその後、馬之助の放蕩はぴたりとやんだといふのです。

良寛和尚は何をしたのか。馬之助の心に何が起こつたのか。

言葉による説得、理を尽くした説教は、ことごとく失敗した。和尚は説教らしいことは何も言はなかつたが、説教よりもよほど威力のある説得をしたやうです。

いや、おそらく和尚は「説得をする」といふ考へなど、端から持つてはゐなかつたと思ふ。

馬之助は、自分の立場を弁へてゐる。しかし胸の内の何かが抵抗し、彼を放蕩へ引き込んだのでせう。それが何であるかは分からない。彼はその力に抵抗しきれず、誰にも言へない苦痛を抱へてゐたのではないか。

和尚はそれを感じ取つた。ほとんど言葉を交はさなかつたが、馬之助の胸の内にある葛藤を直に感じ取つたのです。それが暇乞ひをするとき、涙となつて現れた。

その涙を見たとき、馬之助は
「私の苦痛に伯父さんは共感してくれた」
と直感した。

共感された苦痛は、もはや持ち続ける必要がない。使命を果たしたので、手放せばいゝのです。

教育や指導をするとき、我々はとかく「理」が必要だと考へる。「これこれかういふ理由で、かうすべきだ」と理を尽くして諭せば、それが相手の理性を動かして、考へや行動を変容し得ると思ひ込む。

しかし良寛和尚は、説得しようとして行つたのではない。ただ、良寛といふ修業の実体を弟夫婦の家に持参し、三日間そこに置いたにすぎない。実体は言葉や「理」を超えたのです。

しんせつげにもの言ふ

悟りくさき話

(良寛戒語)

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