38度線が分断するもの
脱北の生々しい姿を描いた韓国映画「クロッシング」。
制作は2年前ですが、日本では今年の4月頃から上映が始まり、次第に上映劇場が増えているようです。
それでも私が住む田舎町の近辺にはいまだ上映劇場がないため、先日片道3時間半もかけて観に行ってきました。
しかしその手間を後悔させないほど秀逸な映画でした。
韓国民族を分断し、60年以上にわたって越えることのできない38度線。
タイトルにはそれを命がけで「渡る」という意味が込められているでしょう。
映画を観ると、この国境線は実に様々なものを分断して越えがたいという実感が迫ってきます。
元国家代表サッカー選手である主人公キム・ヨンスの妻が、肺結核にかかって病床に伏します。
北朝鮮では風邪薬さえ入手が困難な状況の中、彼は中国に渡ることを決意。
11歳の一人息子にあとを託します。
決死的に豆満江を渡り、潜入して身を隠しながら働き、必死に薬代を稼ぎます。
しかし容易に帰国することはできず、大使館に逃げ込んで、そこから韓国に保護される身の上になるのです。
そうしている間、ヨンスの妻は治療もされないまま亡くなり、一人息子ジュニは天涯孤独となって放浪。
結局彼も脱北して父の跡を追うようになるのですが、はるばる北京からモンゴルまで流れて、最後には果てしなく広がる砂漠の中で倒れ、息を引き取ります。
私なりに4つのキーワードを挙げて、もう少し映画を紹介してみます。
① 薬
② 聖書
③ 雨
④ 家族
① ヨンスが命がけで脱北した理由は、結核の薬を手に入れることでした。
そのために、15人に1人しか韓国までたどり着けないという脱北ルートを走り抜いたのです。
ところが、やっと韓国に着き、身柄が保護されてから、ある日薬局に行って「この薬がありますか」と聞くと、薬剤師は薬名を書いた紙切れを見ながら、
「この結核の薬なら、保健所に行ってください。そこに行けば、ただで分けてくれます」
と答えるのです。
ヨンスは唖然とします。
自分が家族も残して命がけで手に入れようとしたものが、たどり着いてみると、ただで手に入るとは!
北朝鮮の困窮の実情と矛盾が浮き彫りになります。
② 北朝鮮の親戚が密かに1冊の聖書をヨンスにくれ、「お前も読んでみろ」とささやきます。
密かに読んでみても、よく分かりません。
その時、息子のジュニがヨンスに、
「お父さん、僕たちは死んでも一緒に住めるかな。そんな世界がほしい」
と尋ねます。
ヨンスたち脱北者の面倒をみる人の中にクリスチャンがいます。
ところが、妻は死に、息子とは容易に再会できない苦悩から、ヨンスは聖書を床にたたきつけて叫びます。
「イエス様は南だけにいて、北にはいないのか!」
あまりにも悲痛な叫びです。
③ 貧しい暮らしの中でも、ヨンスは家に帰るとジュニと2人でサッカーを楽しんでいます。
ある日、突然夕立が降ってきました。
2人はその雨に濡れながら、サッカーを続けます。
貧しい北朝鮮の大地を潤す慈雨のようです。
ジュニが父親を追いかけて橋の袂で野宿していたとき、雨が降ってきます。
その雨に全身で濡れながら、彼は雨の中で父親と楽しんだサッカーを思い出すのです。
ジュニが父親との再会を求めてひたすらモンゴル砂漠をさまよっているとき、最後まで雨は降りません。
喉が乾き、体力を消耗した彼は、雲一つない砂漠の夜空を見上げながら、祖国での雨を回想する中で息絶えていきます。

④ ものの豊かさが何もない暮らしに、喜びは家族の生活です。
その家族が別れなければならない苦痛はどれほど大きいでしょうか。
ヨンスが過酷な労働に耐えて金を稼ぐのも、妻の薬を買うためだけです。
ジュニが収容所に入れられ、人間扱いされない境遇を生き延びてひたすら韓国を目指したのも、父親に会いたい一心でした。
初めて父親と携帯電話がつながったとき、ジュニが発した最初の一言は、
「お父さん、ごめんなさい。お父さんとの約束を守れず、お母さんを助けれあげられなかった。ごめんなさい」
という謝罪でした。
その息子と最後に生きて会えなかったエンディングはあまりに悲しくてやりきれないのですが、お近くの劇場に来たときには、是非とも観に行っていただきたい一作です。
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