八重はいかに義時を受け入れたか
例年になくNHKの大河ドラマを楽しみに観てゐます。
「鎌倉殿の13人」。脚本を三谷幸喜が担当してゐるのが、やはり魅力ですね。ドラマとしての作り方がさすがだなと感心する場面が多い。
第13話「幼なじみの絆」で特に印象深かつたのが、八重姫と北条義時が男女のやり取りをする場面です。
八重は頼朝が伊豆に流刑中に知り合ひ、頼朝の子をもうけるが、父の逆鱗にふれ、暗殺される。その後、父をも失ふ。
傷心しながらも頼朝の側室になることもできずにゐる八重を、幼なじみの義時は慕ふ。一度は求婚するも、拒絶される。
しかし義時の八重への思ひは変はらず、海産物を手土産に何度も八重のもとを訪ねる。それでも八重が義時の求愛を受け入れる気配はなかなか見られないのです。
海産物をもつて何度目かに義時が訪ねてきたとき、八重は言ふ。
「小四郎殿(『吾妻鏡』では義時のことを江間小四郎と記述)、私、つらいです。勝手すぎます。あなたはそれでいゝのかもしれないけれど」
困惑の気持ちが率直に表はれてゐますね。それでも義時は挫けない。
「私は好きなのです。八重さんの、笑つてゐる姿が」
と義時が言ふと、八重は、
「笑へないです」
幼い息子を失ひ、父も亡くした八重は笑へない。それでも義時は言ふ。
「いつか、八重さんに笑ひながら『お帰りなさい』と言つてほしいんです」
こんなセリフで女性の心を動かせるかと、私でも思ふ。純情だが、関東武者の朴訥が表はれてゐるやうにも思へます。
ところが次に訪ねてきたとき、八重に明らかな変化が見えるのです。
義時が入らうとした矢先、八重に追ひ出される頼朝を陰から目撃する。それでも何食はぬ顔で八重と対面すると、八重はおもむろにかう切り出す。
「なぜ私に尋ねないのです。鎌倉殿(頼朝)と会つてゐたのかと、なぜ問ひ詰めないんです」
女性のほうから、かういふ際どい話を切り出す。八重には何か心の中に思ひ定めたものがあるやうに感じられます。そしてかう続ける。
「私のことを慕つていらつしやるのでせう? だつたら、聞いたらどうなんです(頼朝さまとまだ関係があるのかと)」
なぜこの核心をあなたは突いてこないのかと、八重のほうが問ひ詰めるのです。しかし義時は訊けない。あなたには訊けないでせうから、私が答へてあげますといふ調子で八重は自答する。
「何もございませんでした。かつて心を通ひ合はせた相手が、今も想ひを引きずつてゐるだなんて、殿方の勝手な思ひ込みです。ホッとされましたか」
こゝまで女性がはつきり言へば、男はどう答へたらいゝのか。私には俄かに思ひつかない。義時はどう答へるか。固唾を飲んで見守りました。
「これは、信濃の山中で採れた茸です。茸はお嫌ひなんでしたつけ」
咄嗟になんと言つたらいゝか、義時は混乱してどうでもいゝことを言つてしまふ。だがそのあとで、彼は心中を吐露する。それが本当に思つたまゝかどうか、私にははかりかねます。しかしかういふときは、飾らず、思つたまゝをいふのが最もよからうと思ふ。
「こゝに鎌倉殿を招き入れたとしても、私は構ひません。八重さんとは幼なじみで、私の想ひはあの頃からずーっと変はりません。だけど、八重さんが振り向かなくても構はない。背を向けたいのなら、私はその背中に尽くす。八重さんの後ろ姿が幸せさうなら、私は満足です」
これが義時の本心かな? ちよつときれいすぎる気もする。しかしなんと、このあとの八重の反応が思ひがけないのです。言ふだけ言つて帰らうとする義時をとめて、
「お待ちください、小四郎殿。お役目、ご苦労様でございました」
そして柔らかな笑みを浮かべて、
「お帰りなさいませ」
これは前回の訪問時に言つた義時の言葉に対応してゐるのです。つまり八重はこゝで義時を受け入れたといふことを暗示的に、しかしきつぱりと告げてゐる。
私はこの二人のやり取りの場面を見ながら、三谷脚本の巧みさに唸ると同時に、愛情といふ心の機微に対する男女の違ひをつくづくと感じるのです。
男女の関係は、かたちこそ男が主導するやうに見えながら、結局すべては女が切り回してゐる。男がどんなに攻めても、女が心を開かない限り、男は一歩も前に進めない。
女は男の攻め方を見つゝ、男の本気度をぢつと冷静にはかつてゐる。ほかの男の話を出して、男を揺さぶつて見たりもする。そして男の心が愚直ながらも真実だと見定めると、さつと心を開いて迎へ入れる。この一連の流れの主導権を、女が握つてゐるのです。
かういふ能力において、男は女の足元にも及ばない。戦闘においては勇ましい武将と言へども、女については戦略が立たないのです。
それにしても、八重といふ女性。心を開くまでは固い鎧を着てゐるやうだつたが、一度それを脱いでしまへば、今度は義時をどこまでも立てて尽くしていくのではないか。見てゐてそんな気がします。
今後の展開が楽しみです。

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