榎のもとで約束した愛
山本周五郎と言へば往年の時代小説の大家です。かなり昔ですが『樅ノ木は残った』は確かNHKの大河ドラマになつたと思ふ。
他にも世に知れた作品はいくつもあるが、私自身は若い頃に『日本婦道記』『五瓣の椿』『虚空遍歴』くらゐしか読んだことがない。その山本作品を最近はYoutubeで聞くことが多いのです。
先日も寝床に入つて『榎物語』といふ時代物を聞き始めたら、引き込まれて目が冴えわたり、眠るどころではない。2時間の朗読を結局最後まで聞き通してしまつた。
しかも最後の結末まで聞き終へて
「えゝ、そんなことがあつていゝのか」
と思はず声をあげ、それからさらにしばらく眠れなかつたのです。
山本作品には一途な愛を貫き通す純愛ものが結構あり、私はさういふのを好ましく聞く。『榎物語』も最後のぎりぎりまでさういふストーリーだと思はせながら読者を引つ張つた挙句、意外な結末を迎へるのです。
主人公は豪農の娘さわ。年頃になるにつれ、その家に下男として入つてゐた国吉といふ若い男と惹かれ合ふ。ところが主人の娘にちよつかいを出してゐると同僚の下男が密告し、ために国吉は追ひ出されてしまふ。
さんざんな仕打ちを受けて国吉が追ひ出される間際、2人は屋敷の片隅に立つ榎のもとで約束を交はします。
国吉は
「江戸へ出て一人前の商人(あきんど)になつて必ず迎へに来ます。それまで待つてゐてくださいますか」
と尋ねる。
さわは
「きつと待つてゐます。5年でも10年でも、一生でも待つてゐます」
と乙女らしく一途に答へる。
その後数年して、その地域一帯が大きな山津波に襲はれ、屋敷もろとも家族もすべて流され、さわだけが一人生き残るのです。二十歳そこそこの娘にとつてあまりに過酷な運命だつたが、さわは気丈にもそれまで手習ひで身に着けたお茶で細々と身を立てる。
国吉はきつと約束を守つて、迎へに帰つて来てくれるはずだ。しかしもとの家もない今となつては帰つて来ても目印がない。
そこで津波でも一つだけ残つた榎のもとに小さな茶屋を作り、そこで商売をしながらひたすら国吉を待つのです。3年がたち、6年が過ぎる。さわは20代のなかばになる。
実はその間、2度か3度、国吉はこの村へ帰つて来てゐたのです。彼が泊まつた旅籠(はたご)にさわはお茶の接待として呼ばれ、客としての彼に相対してお茶を出したことがある。
ところが、2人ともお互ひに気がつかなかつたのです。一体、そんなことがありますか? 「一生でも待ちます」と約束した相手の顔が、数年たつたとは言へ、分からないなどといふことがあるだらうか。いかにも不思議な話です。
6年が過ぎ、あることから旅籠の宿帳を見る折があり、初めてそこでさわは気がつく。国吉は立派な一軒の店を持ち、名前も佐平と変へて、年に1回品物の買ひつけに来てゐたのです。
「なぜすこしも気がつかなかつたのだらう?」
さわは正気を失つた人のやうにふらふらと坂道をのぼり、榎の根もとまで来てしやがみ込む。
そして
「あなたは、みんな見てゐたでせう。かうなることを知つてゐたの? 国吉さんを待つてゐた6年間は何だつたの? この6年を返してちようだい…」
と榎に泣きつくのです。
ただしこのあと、必ずしも純愛にやぶれた不幸な女性として終はるのではない。それが、聞き終へて私が「そんなことがあつていゝのか」と思はず叫んだ最後の展開です。
まあ、ほとんどネタバレをしましたね。それでも興味のあるかたはYoutubeのリンクをクリックして聞いてみてください。2時間ありますから、時間のあるときに。
それにしても…
「待つてゐてください」「待つてゐます」と互ひに変はらぬ愛を男女が誓ふ。その愛は、少なくともその約束をするときは偽りではない。さわにおいては、6年間一抹の不信もなく変はらない気持ちとして続いてゐた。
それは嘘ではない。嘘ではないのに、お互ひに遭つても気がつかない。それは自分たちの愛の真実性を疑ふ理由になるだらうか。
さういふことをあれこれ考へると、聞き終はつたあともしばらく眠れなかつたのです。

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