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創造の二段構造

kitasendo
vday

昨日からの続きです。

統一原理は神様の創造において「
心情動機説」を説いています。

アウグスティヌスの「無からの創造」には、2つの難点があります。
① 無から物質が造られたとする点
② 創造の動機が不明確である点

また新プラトン主義の「流出説」における最大の難点は、
① 神と世界の区別がなくなり、汎神論に陥る
ということでした。

これに対して「心情動機説」は、次のように説明します。
世界のすべての原因は神の中にあるが、世界は神から流出したのではなく、心情を動機として、神がご自身の性相と形状を授受作用させながら、世界を創造された」(『統一思想要綱』p.45)

この「性相と形状を授受作用させながら」という創造のプロセスをもう少し詳しく分析して、
創造の二段構造
と名づけています。

創造の第一段階は、神様の心(性相)の中で、創造の「構想(ロゴス)」を形成する段階です。
その次に、構想(ロゴス)に基づいて、神様の形状である「前エネルギー」に働きかけ、そこからエネルギーを発生させて素粒子などの物質を造っていくのが創造の第二段階です。

このような説明は、私たちには分かりやすいように感じますが、難点もあります。
「二段構造」と言ったり「授受作用」と言ったりすれば、そこには自ずと時間・空間の概念が伴っているのですが、神様の中では時間も空間もないのです。

しかし私たちの思考は時間と空間の枠の中でなされるので、このように説明するしかありません。

また、逆に考えれば、この「創造の二段構造」は、私たちがこの世であらゆるものを作るときのプロセスを神様に投影したもののようにも思われます。

私たちが何かを作るとき、まず頭の中で構想を練り、アイデアを組み合わせます。
それを設計図として目に見える形にし、必要な材料を調達して所期のものを物質的に作り上げるのです。

実際のところは、神様の創造の仕方を私たちがそっくり真似ていると言うべきなのでしょうが、いずれにしても神様と私たちとの間には、その創造の仕方において相似的な関係があるということです。

神様と私たちの創造において違うところがあるとすれば、私たちは何かを作るとき、その材料を自分自身の外から調達しなければならないのに対して、神様はすべてを自分自身の中で賄われるという点でしょう。

アウグスティヌスは神様を純粋な霊的存在だと規定したために、神様の中に物質の元となるものがあるとは言えなくなったのです。
それで「無からの創造」と言わざるを得ませんでした。

さて、「創造の二段構造」は私たちにとって分かりやすい説明ですが、もう一つ、神様の創造を「絶対信仰、絶対愛、絶対服従」という概念から説明する仕方があるようです。
これはもう少し難解なのですが、なかなか魅力的な説明だと感じますので、次にそれをご紹介します。

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