心の中に伽藍を建てる
「中田敦彦のYouTube大学」で紹介された『年収90万円で東京ハッピーライフ』(大原扁理)を読んでみた。かなり極端なミニマリストとでも言ふべき人だが、その人の考へ方は私には面白かつた。
だいぶ前に「断捨離」が世に出て以来、ミニマリズム的生活志向はかなり広がつてゐるのかも知れない。私も昨年退職を機に、家の中のものを多分3分の1くらゐ整理した。お蔭で屋内空間はずいぶんすつきりした。
ところが大原さんは、並みのミニマリストではない。30代半ば、一人暮らしとは言へ、年収はわづかに90万円。東京多摩市に家賃2万8千円のアパートを見つけて暮らしてゐる。
長じて気がついたのは「自分は必要なだけ働けば満足派」といふこと。身を粉にして働いたり、大胆に起業して大金を手に入れたいとは、露思はない。
だから、仕事は介護施設で週に2日。週休5日の生活を続けてゐる。高校卒業後に上京し、試行錯誤するうちに今の生活パターンに行き着いたといふ。
行き着くべくして行き着いた生活。その生活の根底にある考へ方が私には面白く、共感するものもある。
これまで世の中はかなり長い間、マキシマリズム(できるだけ大きく、多く)が主流だつたと思ふ。
「昨日よりは今日、今日よりは明日、もつと豊かにならう」
「できるだけ大きな夢を持たう。その夢に向けて努力するところに人生の意義と価値がある」
「人より上に行かう。そのためには人より以上の忍耐と努力が必要だ」
マキシマリズムを実現した人が「成功者」として注目される。一代で大企業を築き上げた実業家。数千億を右から左へ動かすトレーダー。そしてこの本を紹介した中田さんも今や400万人近い登録者を持つYouTube界の成功者です。
しかし大原さんは、この主流にまつたく乗れなかつた。誰でもできさうなアルバイトでさへ失敗を繰り返し、店長から怒鳴られる。いろいろな体験を通して、「自分に向かない仕事で自分を擦り減らすことに意義があるか」と考へる。
昔なら「石の上にも3年」といふところです。「忍耐しろ」「チャレンジしろ」「敗者になるな」と自分自身に発破をかける。しかし大原さんは、さういふとき自分の内側に目を向けてみるのです。
「自分は今、心と体のバランスが取れてゐるか?」
「損得勘定や合理性優先で生きてゐないか?」
マキシマリストは目を外、社会に向けるのは得意かもしれない。しかし目を内に向けるのは苦手な場合がある。
世の中の目や世間の常識や価値観に流されてゐないか。本当の自分は何を願つてゐるか。さういふことにあまり目を向けない。
大原さんは、何しろ週休5日だから、自由な時間はいくらでもある。図書館に通ひ、散歩をするのを日課とする。さうしながらも心がズレさうになると、しばしボーッとして心と体のチューニングを図る。さうすると、お金の有り難さや可愛さに気がついたり、自然が持つ情報量の多さに気がついたりするのです。
私はかういふ気づきが結構貴重だなと思ふ。私自身の30代はどうだつただらう。「どれくらゐ心と体のチューニングができてゐたかな」と振り返つて考へると、世間の価値観に縛られて自分があまり見えてゐなかつた気がする。
それから見ると、大原さんは自分を正直によく見てゐる。夢と目標をもつて頑張りたい人は、頑張ればいゝ。しかし夢も目的も見つけられない人は、それなりに身の丈に合つた生き方をする。
誰もが、自分自身の手で、心の中に伽藍を建てるしかないんです。 (『年収90万円で東京ハッピーライフ』 |
どんな生き方をするにせよ、最後は誰もがここに行き着けるかどうかが問題だと思ふ。

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