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まあまあまあの一神教

kitasendo
一神教

心理学者の故河合隼雄さんが
日本神話の中空構造
といふ説を立ててゐます。

日本神話にはたくさんの神々がおられる。八百万の神です。ところが、中心に立つ神様がおられず、真ん中が空いてゐる。さういふ説です。

日本神話で重要な神様は天照大御神とスサノウの尊。ふつうの神話なら、天照が勝つてスサノオを追ひ出せば、天照の天下になつて天照を中心に回るやうになる。

ところが、スサノオは追ひやられても、出雲あたりで結構頑張る。対抗軸が残つてゐる。

そして、実は天照とスサノオとの間に「月夜見尊(月読命)」といふ神様がおられるのです。この神様は重要な貴い神様だと言はれるのに、どこかに隠れてゐて見えない。真ん中にゐるのに何もしないといふ神様。

この点を指摘して河合さんは「日本神話の中空構造」と呼ぶのです。

キリスト教やイスラム教が一神教と呼ばれるのに対して、日本は多神教の国だと言はれる。しかし河合さんの観点から見れば、日本は「見えない神様の一神教」だといふふうにも見える。これを河合さんは「結構嫌な一神教」とも言ふのです。

なぜ嫌か。

一神教にははつきりとした中心の神様がおられる。その神様は絶対的で、原則も法則も罰則もはつきりしてゐる。「何をすべき、何をしないべき」が、言語的にも明示されてゐる。

かういふ神話を土台とした社会では、どんな組織も中心がはつきりしており、その方針や契約関係が明確に言語化される。

会社であれば、社長の考へがはつきりと社員に伝へられる。反対に、「社長の考へはここがおかしい」と思へば、社員は社長に異議申し立てもできる。

ところが中空構造の日本神話では、中心の神様が隠れておられ、何を考へておられるかも判らない。すると、どうなるか。明確な統一法則がないままに、全体が何となくまとまつてしまふのです。

このやうな神話が生み出す社会では、中心が何を考へてゐるかはつきりと判らない。だから何となく「かういふ考へではないかな」とみんなが推察する。その推察に基づいてみんなが行動指針を立てる。

みんなが推察に基づいて立てるルールや行動指針で成り立つ社会。これはある意味では非常に高度な社会かも知れないが、別の意味では不自由で非合理な社会でもあり得る。

誰かが全体の推察と外れた行動を取らうとすると、
「君、それはちよつと困るよ。まあまあまあ」
と、周りからブレーキをかけられる。そしてこのブレーキが結構強い。

多神教のやうに見えながら、実は中心が空いてゐる「まあまあまあの一神教」。だからこれを河合さんは「結構嫌な一神教」と呼ぶのです。

1年半あまりのコロナ対策を見てゐると、まさにこの「まあまあまあの一神教」の国だなと思ふ。

中心であるべき政府が何を考へてゐるのか、言語化しないから、いつまで経つてもはつきり見えない。そこで善良な国民は「かういふ方針だらう」と推察し、一生懸命マスクをかけ、犠牲を覚悟で自粛する。

誰かが少し違ふ行動を取らうとすると、
「君、それは困るよ。まあまあまあ」
と言つて止めにかかる。

月夜見尊は有能な神様だつたのに、どうして隠れてしまはれたのだらう。かなり高度な知性がないと、推察で住み良い社会は成り立たない。



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