イケメン高校生
おばあちやんは徐々にろれつが回りにくくなつてゐる。ある程度波があつて、喋つてゐる言葉がほとんど聞き取れないときもあれば、割りと流暢に話せるときもある。
今朝は口が滑らかな日で、食事を終へたあとしばらく昔の思ひ出話を聞いた。大抵は同じエピソードの繰り返しだが、今日は初耳の話があつたのです。
今日も話は学生時代の思ひ出から始まる。
おばあちやんの世代としては決して多数派ではない女学校に進んだ。家から5,6キロはあつたと思ふが、大抵は徒歩で往復した。
ときはちゃうど戦時中であつたから、授業が取りやめになつて勤労奉仕に駆り出されることも多かつた。運動が好きで、1年生のときにマラソンの選手に選ばれて40キロくらゐ完走したのが自慢の種。
ここまでは、これまでに数百回は聞いてきた話だつた。ところが今朝はこの話の途中、思ひがけないエピソードが挿入されたのです。
おばあちやんは女学校に通つてゐた。そして将来の夫となるおぢいちやんは農林高校に通つてゐた。登下校のときにときどき出会ふことがあつて、お互ひに知つてゐたといふのです。
おぢいちやんは相当な男前だつた。息子の私が言ふのもおかしいが、歌舞伎役者と言つても嘘らしくない風貌だつた。高校時代もなかなかハンサムだつたに違ひない。
一方おばあちやんのほうは、自分ながらあまり容姿に自信がない。そんな乙女がイケメン高校生をチラチラ見ながらどんな思ひだつたらう。
女学校を卒業すると、地元の漁業組合に職を求める。しばらく働いたのち、知り合ひが「こんな男がゐるけど」と言つて紹介してくれたのが、例のイケメン高校生だつた。
「あの人だつたら、断る理由は何もない」
と、おばあちやんは思つたでせう。
おぢいちやんのほうがどう思つてゐたか。私はそんなことを尋ねたこともないし、早々と他界してしまつた今となつては確かめる術もない。
が、多分、想像するに、まんざらでもなかつたのではと思ふ。といふのも、おばあちやんは自分で思ふほど器量が悪いわけではない。若い頃はぽつちゃり型で、愛嬌があつた。
それになりより、気立てが良い。若い頃から本当に働き者だつた。働きながらも不平不満をあまり言はない。舅姑がゐたが、おばあちやんが言ふには、姑さんからひどく言われたことは一度もなかつたらしい。
おぢいちやんが他界した後には、おばあちやんはしょつちゅう
「あんな優しい夫はゐなかつた。早く死んでしまつて、寂しい」
と言ふ。息子から見ても、本当に仲の良い夫婦だつた。
おばあちやんが本当に女学校時代からイケメン高校生が気になつてゐたのかどうか。今朝の話だけでは確証がない。おばあちやんの認知症的幻想の作り話の可能性もある。しかし本当にさうだつたなら、おばあちやんは幸福な結婚をした人だなあと思ふ。
最近は何かにつけて
「テツコはほんとに幸せだ」
と言ふ。
良い夫にも恵まれ、結婚して65年。孫たちも一人前になつてくると、もうそれだけでそれ以上に望むものはないのかも知れないと思ふ。
結婚もうれしい。子どもができると、もつとうれしい。そして孫までできると、人生はそこで満了を迎へる。
今のおばあちやんは目も見えなくなつて、暗い生活は辛いかも知れない。しかし満了を迎へた人はその幸福に浸つて淡々と生きる。私が下手に同情すべき人ではないやうに思ふ。

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