蘇る韓流
このところ、夕食はほとんど娘が作る。勤めが終はつて帰宅するや否や、休む間もなく台所に立つて料理を始める。
疲れてゐるだらうに偉いものだなと思ふが、娘は涼しい顔で
「私は作るのは好きだから、苦にならない」
と言ふ。(これは食後の皿洗ひが必然的に私の役回りになることを意味する)
手際がいゝので、大抵は30分もあれば食卓に料理の皿が並ぶ。食事を始めると同時に、ここ2週間ほどは『チャングムの誓い』を流すのが定番になつてゐる。娘の誘ひで見始めたものです。
この超有名な韓流ドラマは、制作されたのが2003年。私が最初に観たのはその数年後だつたと思ふが、そのときは知人にDVDを少しづつ借りて観た。その頃まだ幼なかつた娘とともに、ドハマリしたものです。
それが今はAmazonPrimeで好きなときに好きなだけ観ることができる。有り難い、便利な時代になつたものです。
ドラマは朝鮮王朝を舞台にした歴史もので、全54話ですから、日本の大河ドラマとほぼ同じ長さ。『朝鮮王朝実録』に、王の主治医となつた医女として「大長今(テジャングム)」の記述があるので史実に基づいてはゐるものの、朝鮮史の専門家によれば、ドラマの内容は99%フィクションらしい。
ドラマの大枠は朝廷内の権力闘争です。その中に主人公のチャングムが個人的な志を果たさうとして、闘争に巻き込まれる。うまく行きさうになると、反対勢力の謀略に遭つて落とされる。ところが、そこからまた這ひ上がつて今度は逆に反対勢力を追ひ詰める。
さういふ浮き沈みがありながらも、チャングムは次第に王の信認を得て、遂には王の主治医に抜擢される。当時としては医女にさういふ官職は与へられた前歴がない。前代未聞のサクセスストーリーです。
尤も、このサクセスは本人が目指したサクセスではない。本人の志は元々、母の汚名を雪(そそ)ぐことであり、母を陥れた一族への復讐であつたのです。その志を果たすために、最初は水剌間(スラッカン=宮中の食事を管轄する)の女官として宮中に入り、一度そこから落とされたのちは、医女として再び宮中に入り込む。
彼女と旧知であり医女試験の試験官であつた医官は、彼女が医女となることに大反対する。「医術は人を救ふものであつて、復讐に使ふべきものではない」と言ふわけです。
しかし彼女は、仇敵を許すわけにいかない。医術を磨いて仇敵を追ひ落とさうとする。
ところがまさに王手をかけたところで、彼女は逡巡するのです。
「私が医術を母の復讐に使ふことを、母は許すだらうか?」
さう逡巡して、天に哀願する。
「私の医術を正しく用ゐることによつて復讐を成し遂げさせてください」
しかし、自分の力を正しく使ふことと、ふつうの意味での復讐とは両立するものか。「正しい」といふことは、結局誰のためなのか。この問ひかけを具体的に描いてみようといふのがこの大河の意図ではないかと、私なりに思ふ。
史実として残された記録は、わづか数行に過ぎない。実人生のほとんどが不分明な人物を選ぶことで、ドラマの製作者は史実の縛りから却つて自由になる。その自由によつて、哲学的とも言へるテーマを据ゑることができたと見えるのです。
このテーマをドラマの中心骨格とすれば、しつこいばかりの権力闘争劇、料理と医術の豊富な専門的知識などは、骨格を支へる美しく洗練された肉体です。日本の大河もかういふ作り方をすれば、もつと面白みが増すのではないかといふ気がする。

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