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やっぱり日本人だなあ

kitasendo
神学校

米国の統一神学校の生徒は国際色豊かでした。
米国、欧州、南米、アフリカ、日本、韓国など、国による学生の気質の違いがはっきりしていて、多様性の妙味を日々体験したものです。

授業は全て英語ですから、一番ハンデがあるのは我々日本人。
特に神学の専門用語が次々に出てきますから、辞書と首っ引きで大変です。
 
そこで、1人1人の日本人はかなり非力だということを自覚し、授業が終わると日本人同士が集まります。
授業を書き留めたノートを出し合い、不完全なところをお互いに補完します。
そして、試験範囲などが発表されると、予想問題を立てて、理想的な回答を作るのに衆知を集めます。

このように、日本人学生がしょっちゅう集まっている姿は、欧米の学生たちにとってはかなりの脅威だったようです。
そして中には、
「君たちが作ったノートを見せてくれ」
と頼んでくる欧米の学生もいたほどです。

これがまさに「集まると強い」日本人の特性でした。

一方、議論になると弱いのが日本人でもありました。

米国のことですから、年に1回か2回、ディベートの大会が学内で催されます。
あるテーマを決めて、それに対する賛成と反対のグループを意図的に作ります。
そして、お互いに相手のグループを論駁できるように、自分たちの論旨を練り上げ、本番で丁々発止の議論を戦わせるのです。

こういう場になると、日本人は殆ど名乗りを上げません。
英語のハンデもある上に、もともと議論が苦手な民族ですから、怖じけづいてしまうのです。

欧米の学生がディベートに積極的なのは分かりますが、意外だったのは韓国人学生です。
彼らは議論に対して積極的でした。
韓国人の議論を見ていると、彼らは議論が結構好きだし、筋道を立てて議論できる頭脳の持ち主だというのが、新鮮な発見でした。

顔つきこそ日本人と似ていますが、内面は似て非なるものが韓国人だと分かりました。
彼らは世界のどこででも、単独で生き抜いていける強さを持っています。

アフリカ人は、積極的で物怖じしないところがあります。
貧しいところから来ていますから、吸収できるものは吸収し尽くそうという貪欲さを感じさせます。
1人1人の存在感があります。

このような中で生活してみると、我々日本人の特質が改めてよく分かります。
勤勉」「誠実」「調和」という特質は、日本人の大いなる誇りだと私は思います。
しかし、それだけでは世界の中で歩調を合わせて行けないという場合もあります。

7年の米国生活中、日本を恋しがるという思いはそれほどありませんでした。
しかし、諸外国の学生たちと交わる中では、否応なく、
やっぱり自分は日本人だなあ
と感じることが多かったのです。

近年、日本の教育の世界では、
生きる力を養う教育
などとよく言われます。

「生きる力」はもちろん強いに越したことはないでしょう。
ただ、日本という狭い社会の中だけで「生きる力」ではなく、世界のどこに出ていっても、気質の違う人たちと、ある時には伍して、ある時には調和して「生きることのできる力」の涵養が必要だということが、海外に出てみると実感的によく分かります。
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