流木を拾つて売る暮らし
風雅:小さな世界ですね。10本の指がそこで動く。半径10センチ。ぼくは世界中の流木を拾ひます。それぞれ形が違ふ。それぞれの歴史が違ふ。流れてきた歴史。 風雅:空さん、お金がなくても生きていけます。人がゐれば、いゝんです。 空:何かを目指したりしないんですか? 夢とか。 風雅:ぼくの夢は役者になることでした。夢は33歳のときに終はりました。叶つたので。そして窮屈になつたので。 |
日テレのドラマ「ウチの娘は、彼氏が出来ない」は、昨夜が第8話。初めて観て、面白いなと思ひました。
一ノ瀬風雅といふ中年の男性は、若いころには役者としてブレイクしたが、今では海辺に住んで流木を売つて暮らしてゐる。空(そら)は女学生。風雅が昔付き合つてゐた女性との間に生まれた子なのだが、2人は別れ、別の女性(碧・あおい)が母親代わりに育ててきた。碧は売れつ子の小説家。
空は今になつて初めて、碧と一緒にその父親に会ひに来た。冒頭のやり取りは、そのときの一場面です。
締め切りが迫つた碧は、風雅の家で原稿を仕上げようと、パソコンを打つてゐる。それを見ながら、風雅が「小さな世界ですね」と話しかける。
もちろん、碧の頭の中には小説で描く広い世界が広がつてゐる。しかしそれを形にする通り道は、わづか10センチ四方の小さなキーボードと液晶画面です。
キーボードも画面も規格が決まつてゐる。キーはどのパソコンもほぼ同じ順番で並んでゐるからこそ、一度習得したらどのパソコンでも難なく打つことができる。
小さくて企画が同じの世界。連載小説なら、毎回の締め切り日も決まつてゐます。これは謂はば、人同士が集まつてルールを作り、そのルールの中で成り立つ都会の生活。

それに対して、流木は一つとして同じ形のものがない。もちろん元の形もみな違ひますが、それらが何年間も海の中を流れながら、あちらにぶつかりこちらにぶつかる。さうして、独特の形を創り出すのです。一つとして同じ形がないからこそ、それを好む人に売れる。
風雅がどうして人気絶頂の33歳で突然役者をやめて、流木売りに転身したのか。それが空との対話です。
自分の夢は役者になることだつた。しかしそれは33歳で実現した。大きな家を買ひ、高級車を買ひ、多くのスタッフが自分といふ惑星の周りを廻る衛星のやうにいつも付きまとふ。
それでゐて、どうして自分が本当に喋りたくもないセリフばかり喋つてゐなくてはならないのか。家に縛られ、スタッフに縛られ、人の作つたセリフに縛られた生活が、窮屈になつた。
ほしいものが一旦手に入つたので、今度は一つづつ捨ててみた。それで家を捨て、車を捨て、役者を捨てたのです。
「ぜんぶ捨てたら、生きていけないでせう?」
と空が尋ねたのに風雅が答へたのが、
「空さん、お金がなくても生きていけます」
といふセリフだつた。
風雅を演じる豊川悦司がとても良い味を出してゐます。
多くの人は同じ規格とルールの中で生きてゐる。人並みな生活を保障してくれるのはお金だけなのだと思へば、それを稼ぐために人の作つたセリフで仕事をすることもある。
流木を拾つて売るといふ生活は、33歳までの生活に対するアンチ・テーゼです。

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