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恩返しの歯車

kitasendo
恩返しの歯車 

ネットで見つけた介護の体験談。36歳の孫娘が92歳の祖母を入院先の病院から引き取つて、3年以上自宅介護し続けてゐるといふ話です。

入院前、祖母は要介護度2。ところが本人が望まない入院が強行されたことから、暴言や暴力、抑鬱、幻覚、妄想、譫(せん)妄などの症状が強くなり、要介護度は一気に5に上がる。

その様子を黙つて見てゐられなくなつた孫娘が、
「私が自宅で介護します」
と言ひ出したのです。

父母の問題で一家離散状態となつたとき、当時まだ1歳半だつた孫娘を引き取り、親代はりに育ててくれたのが祖母だつた。孫娘にとつて祖母はかけがえのない恩人。何としても恩返ししたいと思つたのです。

自宅での介護生活は3年間、いばらの道、荒れに荒れた。祖母の暴言、暴力は「これがあの優しかつた祖母だらうか」と信じられないほど。

ウンチの入つたポータブルトイレをわざと倒す。リモコンを投げつけて、鼻血を出させる。食事中、口に入れたものをぶーつと吐き散らかす。…

昔の姿を思へばとても耐えられないので、孫娘は
大好きだつた優しい昔のおばあちゃんはもうゐない
と思ふことにした。そして奇跡を起こしたいと思つた。

3年を経過して、奇跡とまではいかないものの、祖母の症状はかなり改善した。昔のやうな優しい言葉がときどき出るやうになつた。

デイサービスから帰つてくる祖母を出迎へると、祖母は孫娘の顔を見るなり、
「桜ぁ~! 会ひたかつたぁ!」
と号泣することがある。

「今は、祖母がただそこで穏やかに笑つてくれてゐるだけで、すごく嬉しい。祖母の世話が私の生き甲斐になつてゐます」
と孫娘は心境を語る。

この体験談を読みながら、
「うちのおばあちゃんは暴言も暴力もほぼ皆無。私はずいぶん楽だつたな」
と思ふ。

昨年の暮れに脳梗塞で倒れて緊急入院して以来、まだ入院生活が続いてゐるが、できるだけ早く退院させて自宅に連れ戻したいと思つてゐます。これには同居の娘も同意してくれてゐる。

入院当初は意識も混濁し、口からの食事もほぼできない状況で、担当医も
「このまま食べられなければ、長くても1ヶ月か2ヶ月」
と言つてゐたし、私もおばあちゃんが自らスイッチを入れた運命のやうに思つて受け容れてゐた。

ところが、入院後10日頃から、おばあちゃんはぐんぐん回復し始めたのです。口から食べられるやうになり、言葉も出始め、体にもほとんど後遺症が見られない。

「いゝ意味で裏切られましたね」
と担当医も驚くほどでした。

それで私もいよいよ家に連れて帰りたいと思ふやうになつたのです。「介護は大変でせうが、退院は可能です」と病院側も言つてくれる。

しかし私の中には、あの孫娘ほどの「恩返し」といふ気持ちがないやうな気がする。同居してゐた母が認知症になり、体が弱り、脳梗塞を起こして、謂はば「当たり前」のやうに「なりゆき」で介護するやうになつたのです。

さうは言つても、「仕方ない」とか「義務感」ではない。「恩返し」といふ気持ちがないわけではない。

「恩返し」とは何だらう。孫娘が仕事も辞め、暴言暴行を受けながらも祖母の介護をやめなかつたのは、「恩に報いたい」といふ強い思ひがあつたから。その思ひの強い弱いは人によつて違つても、それは人情の自然でせう。

この世の暮らしは、この「恩返し」といふ人情が働くことで一番うまく営めるやうになつてゐるのではないだらうか。

祖母としては子どもの家庭が破綻して行き場をなくした孫娘を放つておくことはできなかつた。そして一生懸命に育てた。一番の根拠は「血のつながり」で、それゆゑ金銭的な見返りなど端から考慮の外にある。

見返りを求めず、祖母としての役割をひたすら果たす。「やつてあげてる」といふ思ひが少なければ少ないほど、そこには「恩を受けた」といふ情が無言のうちに生まれる。すると、期待しない「恩返し」といふ歯車が回り始めて、次の展開が起こる。

「恩返し」といふのはマイナスをゼロに戻すことのやうにも思へますが、さうではない。ゼロを通り越して、プラスを生み出す。

孫娘もさうでせう。「恩返し」をしてゐるつもりでゐながら、実際には彼女自身が認知症の祖母から、といふより、その祖母を介護するといふ行為を通して、それなしには得られなかつたはずのプラスを得てゐる。金銭的なプラスはないが、それ以外の貴重な何か。

かういふ連鎖の歯車がうまく回り続ければ、この世は誰かが誰かの面倒を見ながら、継続的により豊かに(少なくとも精神的には)なつていくのではないだらうか。

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