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言語は人を作る

kitasendo
言語は人を作る 

環境は言語を作り、言語は人を作る。
(『日本語はなぜ美しいのか黒川伊保子


「日本人はどうして、こんなふうな民族性なんだらう?」
といふ疑問に対して、とても腑に落ちたのが本書です。

我々日本人の人となりを遡ると、日本語があり、その日本語をさらに遡ると、日本の環境がある。本書は「日本語」の特質を要にして論じた「日本人論」としても、とても鋭い論考です。

日本語は世界でも極めて珍しい言語です。珍しいけれども、素晴らしい内容を持つてゐる。さういふ言葉が世界でも珍しく素晴らしい日本人を作つてゐる。

だから、この言葉は未来永劫に残つてほしい。本書には全体に亘つて、黒川さんの「日本語愛」が溢れてゐます。

私も大いに共感しました。ところが後書きを読むと、
「私がここに書いたのは、ただ、『日本語は美しい。消えるのは惜しいと思うのよ」というつぶやきにすぎない」
と書いてゐて、ちょつと拍子抜けします。

確かに、いま世界中に数千の言語があり、20分に1つのペースで言語は消えてゐる。大昔、その言葉は地球上にはなかつたのだし、今それが消えても、人類は生きていくだらう。

日本語だつて、それがなくなつても人類は存続する。しかし、きわめて残念です。

思へば私も、初めて再臨論の結論を聞いた若い頃、
「日本語が消えるのは、惜しい」
といふ同じやうな感慨を抱いたことを思ひ出します。

人類の言語はいづれ信仰の祖国語に統一されるだらうと言はれたからです。

しかしかと言つて、統一に抵抗することはできない。だから、それで日本語が消えていくのなら、仕方ないなといふ気持ちだつた。

それでも心の中では、芭蕉の俳句がなくなるのか。古事記もなくなり、万葉集もなくなるのか。さう考へて、寂しかつた。

だが、そのときは「日本語のどこがどういふふうに美しいのか」といふことも、言葉がいかに人間形成に影響するかについても、深く理解してはゐなかつたのです。

日本語の特徴を一言で言へば「言葉を母音で認識する」。それに対して、世界のほとんどの言語は「言葉を子音で認識する」。

この音声認識の違ひは、想像以上に大きい。人と人、人と自然の関係を大きく変へてしまふのです。

自然界の音は母音的なので、日本人は自然の音も人の言葉と同様に左脳主体で処理してゐます。だから、自然と人との間の境界線が限りなく曖昧。自然の中に「心」を感じ、自然と共生してしまふのです。

それに対して、自然音を右脳で雑音として聞き流す子音言語の人には、自然は親しく語りかけてこない。勢ひ、自然と対峙し、自然を管理の対象と見做すやうになるでせう。

また、人と人との関係において、母音は互いの心を開く働きをします。母音言語の人は、融和するための手段として言葉を使ふ。だから、日本ではディベートや合議はあまり好まれないし、得意でもないのです。

これに対して、子音言語の人において、言葉は互いの境界線を決める手段として使はれる。融和などといふ曖昧なものではなく、議論によつて意味的な合意を求めます。

世界の現状は、英語をはじめとした子音言語文化によつて支配されてゐます。さういふ世界では、融和志向の日本人は圧倒的に外交下手として不利な立場に立つ。これは現実においては大きな弱点に見えます。

しかし、意味による対峙よりも無意識の融和を求める母音言語文化には、より深いところに捨てがたい存在価値があるのではないか。黒川さんの論考を読めば、さういふ気がしてくるのです。

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Admin:kitasendo