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抑制を外す

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抑制を外す 

脳科学者の茂木健一郎さんがyoutubeで「脱抑制だから、脳の努力は楽」といふタイトルで、脳に関する興味深い知見を解説してゐます。

「脱抑制」といふのは聞き慣れない言葉です。ネットで調べてみると、
「 薬物やアルコールといった外的な刺激によって抑制が効かなくなった状態のこと」
とある。

通常は意識の力で抑制してゐる。その限りでは状況に対して正常的な対応ができてゐるのに、薬物やアルコールなどの刺激で抑制が外れると、感情が抑制できなくなり、常軌を逸した反応をする。感情をむき出しにして相手を攻撃したり、後先を考へずに行動したり、場違ひな言動をしたりするやうになる。

それを脱抑制と定義してゐるのです。ふつうに穏やかな生活が営めない状態として、否定的な意味合ひがあります。

ところが、茂木さんの扱ひは、むしろ肯定的なのです。脳科学としては同様の見方をする人がゐるのかどうか寡聞にして知りません。しかし面白い見方だなと思ふ。

茂木さんによる脱抑制とは一言で言つて、
「無意識に対する意識の抑制を外して、無意識のプロセスに委ねる」
といふことです。

ふだん我々が波風を立てずに社会生活ができているのは、意識が無意識を抑制してゐるからだと見ます。しかし脳の本当の脳力は抑制を外してこそ発揮できる。茂木さんの着眼はそこにあるのです。

例へば、人前で何かまとまつた話をするとか、一つのテーマを文書にまとめようとするとき。かういふとき、言葉をどう選択するか、どう配列して組み立てるかといふ詳細なプロセスは、そのほとんどが無意識の中で起こる。これは体験上も、そのやうに思へます。

一方、意識もある程度の役割を果たすものの、それは無意識が紡ぎ出した言葉を見て、若干の剪定、磨き上げをするくらゐのものです。

あるいは、茂木さんによれば、日常のほとんどは雑事(ルーティン)の処理である。その場合には、脳はそれぞれの部署の働きをうまく制御しながら、全体としてバランスが取れた状態に保たうとしてゐる。

ところが何か特定のことに集中しなければならないとき、例へば、一つの問題を深く分析して答へを出さないといけないやうなときがあります。そのとき脳は全体のバランスを取り外して、その作業に必要な部署の働きを最大限に切り替へる。これが脱抑制です。

このとき脳はどんなふうに動いてゐるか。茂木さんは、水道の蛇口を開けるやうにして特定部署の脳力を最大限にする仕組みになつてゐると表現する。

だから、脳にとつて、何かを集中的にやり遂げようとするのは、何か重いものを持ちあげるやうに「頑張る、努力する」といふ感じではない。むしろ蛇口が開いて水が流れ出すやうな「フロー状態」なのです。脳力が抑制なく本来の働きを発揮する。その意味で、茂木さんは「脳の努力は楽」と言ふわけです。

本当にレベルの高い良いものを作らうとするなら、プレッシャーをかけ、額に汗して努力することが必要だ。従来はさういふ価値観がありました。

しかし脳の構造は、どうもさうなつてゐない。無意識の力を最大限に引き出すために蛇口を開け、あとは意識が控へめに調整する。この連携がうまくいけば、我々が何かを達成することは「プレッシャー」や「努力」よりもよほど賢明な方法だと思はれます。

キーワードは「脱抑制」ですね。ただ、脳の中で一体何者が蛇口を掴んでゐるのか。それがよく分からない。



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