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まるくまーる(旧・教育部長の講義日記)

クンダバー器官の名残り

2020/10/28
読書日記 0
クンダバー器官 

自分で読んだのではないが、ある人の解説が興味深かつたので紹介します。

ベルゼバブの孫への話』(ゲオルギイ・グルジェフ)

グルジェフといふ名前も知らなかつた。アルメニア生まれで、肩書は著述家・舞踏作家・作曲家など。1949年に83歳で没してゐます。

「ベルゼバブ」とは聖書にも登場する有名な悪魔の名前です。アブラハムの一神教が悪神として排した「バアル神」に由来する。直訳すれば「蠅の王」(卑下された呼び名ですね。同名の小説もあります)。

本書の中でベルゼバブは地球外生命体として描かれ、彼が孫に語るといふ体裁を取つてゐます。語る内容は、地球の人間の特質についてです。

その中で私の耳にとまつたのは、「クンダバー器官」といふ言葉。グルジェフの造語です。

ベルゼバブによると、太古の昔、ある必要があつて地球の人類に「クンダバー器官」が埋め込まれた。その器官のために、人間は「幻影」と「現実」をひつくり返して認識するやうに調整されてしまつた。

その後、必要がなくなり、この器官は人間から取り外された。ところがおかしなことに、器官がないにもかかわらず、その器官の名残りがあるためか、いまだに人間はそれまでのパターン化された認識や生活習慣が切り替はつてゐないといふのです。

解説者は、このクンダバー器官の名残りといふ設定が、聖書で言ふ「原罪」と似てゐるなと言ふ。聖書によれば、人間に原罪が入り込むことによつて、神に呪はれる存在となり、出産や労働の苦しみなくして生きていけないといふパターン化された自己認識が定着してしまつてゐる。

ただ一つ違ふのは、原罪はいまだに解決されてゐないが、クンダバー器官はすでに取り外されてゐること。にも拘らず、我々自身がいつまでも昔の名残りのパターン認識を繰り返し、折角自由になれる可能性を自ら閉じてしまつてゐる。

「だつたら早く、クンダバー器官はないことに気づけよ」
と、著者グルジェフは言ひたいのでせう。

この話を聞きながら、私は
「だつたら早く、原罪もないことに気づくべきだ」
と思ふ。

今は神の再臨摂理を通して、原罪がすでに取り外された時代に入つてゐる。にも拘らず、我々はいまだに過去の、原罪が組み込まれてゐた時代の名残りから解放されないまま、昔の認識パターン、思考パターンを抜け出せないで生きてゐるのではないか。

我々はもはや、悪魔から罪を責められる存在ではない。苦悩と苦痛が人生の当然でもない。人を貶めないと幸福になれない人間でもない。無限大の宇宙の中で取るに足りないちつぽけな存在でもない。

さうでありながら、今でも名残りとして持ち続けてゐるパターンの一つが、苦痛の理由を自分の外側に求める思考パターンです。

「自分が苦しいのはあの人のせいだ、環境のせいだ」
「あの人さへ変はつてくれれば、私は幸せになれるはずなのに」
「私は正しいのに、あの人が間違つてゐる」

かういふ思考パターンによつて、我々は自分の人生の主人になれないでゐます。

禁断の実を取つて食べたのかと神から尋ねられたとき、アダムは
「私が取つて食べたのは、エバに騙されたからです」
と答へて悪魔にこの世の支配権を譲り渡した。

しかし、アダムが作つたかういふ思考のパターンから脱却できる時代に、すでになつてゐると思ふのです。

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