想像してみると分かる
前回の記事「不可知、無所得」について、ある方からコメントをいただきました。
おばあちゃんが夜中1時間おきにトイレに行きたがり、全く熟睡できない。
そのやうに書いたところ、その方も以前、義母との関係で似たやうなことがあつたといふのです。
義母を入院させたとき、夜中30分おきにトイレに行きたがる。
明け方までそれが続いて、東の空が白んでくる。
エレベーターホールから2人で朝焼けを見てゐる内に2人とも寝てしまふ。
そして今度はおばあちゃんを起こさうとしても、なかなか目を覚まさなかつた…
今になつて考へてみると、義母は義母なりに心の中に葛藤があつたのだらうと冷静に推測できる。
「わたしはこれから、どうなるのだらう?」
「こんな状態がいつまで続くのだらう?」
入院して環境が変はれば、それだけで不安になる。
淋しかつたし、辛くもあつただらう。
心が不安定になれば、体に変調が起こる。
だから、あまり溜まつてもゐないのに、30分もすると尿意を感じる。
そんな体験談を読みながら、
「おばあちゃんも淋しいんだらうなあ」
といふことに気づかされる。
目を覚ますと、辺りは夜のやうに暗い。
本当に夜のこともあるが、昼間でも同じやうに暗い。
緑内障が進んだので、目の前のものをほとんど見分けられないほど視野が暗いのです。
その時、そばに誰もゐない。
簡易トイレはすぐそばに置いてあるが、見えないので使ひ勝手がきわめて悪い。
感触でトイレを認知できなければ、あらぬ方向にウロウロとさ迷うやうになる。
そんなとき、おばあちゃんの心の中でどんな思ひが巡つてゐるのだらうか。
周りが見えないのに、自分の近くに誰もゐない心細さ。
このまま生きてゐれば迷惑をかけることは分かつてゐるのに、死にたくもないやるせなさ。
その想像をしてみると分かる。
私がおばあちゃんの手を取つてやる瞬間に、なぜあんなに喜ぶか。
トイレを済ませてベツドに寝かせ、布団をかけて、顔をなでてやると、なぜあんなに安堵したやうな喜びを見せるのか。

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