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片づけは祭りです

kitasendo
20200425 

2月11日から始めて4月半ばまで、ほぼ2カ月間、ほぼ毎日家の内外を片づけ 続けました。
片づけ作業の大半は「捨てる」ことでした。

今の家は築50年弱。
私の父母が建てて、私も高校の3年間この家で暮らした後、大学へ進み社会人となつて、19年前に家族で帰つてきました。

私がこの家を留守にしてゐた28年ほどの間に、父母は実に莫大な量のものをこの家の各所に収納してゐたのです。
その上に、私が帰つて来てからの19年間にも、それなりのものが追加で溜まつてきてゐました。

それをこの2か月間で捨て続けた。
片づけるといふ考へはほとんどなかつた。
とにかく捨て続けたのです。

さうしてもうほとんど捨てるものがなくなつて来て一段落した頃、LINEから無料で届いたものがある。
近藤麻理恵(通称こんまり)さんのベストセラー『人生がときめく片づけの魔法』が期間限定で無料で読めるといふのです。

それを読むと、
「こんまりさんの指導に合致してゐたな」
と思へるところと、
「これはちよつと迂闊だつたな」
と気がつくところとある。

こんまりさんは
「片づけは祭りです。片づけを毎日してはいけません」
と言ふ。

そして、
「片づけのコツは『一気に、短期に、完璧に』。そして、まずは『捨てる』を終わらせる」
と言ふ。

ここで「短期に」といふ目安は、長くて半年。
それ以上に長引くと、気力が続かなくなる。
祭りなのだから、一気に盛り上がつて、花火のやうにさつと終はらなければだめだ。

この点は合致してゐた。
私は、2か月間で、一気に、完璧に、まづは「捨てる」ことに徹した。

3月の末にアパートを払つて実家に帰つて来た娘に
「今の家は、どう?」
と聞くと、
「前と全然違ふ。超気分いい」
と言ふ。

しかしその一方、ちょつと迂闊だつたなと思ふところもある。

「何を残すか」
といふことにあまり注意を向けなかつた。

とにかく要らないもの、使はないものを捨てることばかりに集中してゐたのです。

こんまり流では、まづ片づけるものをすべて出して一か所に並べる。
そしてその一つ一つに「触り」ながら、「ときめく」ものだけを残す。

それは
「片づけた後、自分はどんなものに囲まれて生活したいか」
といふ、自分の心地よい理想の生活環境を実現するためなのです。

まあちょつと迂闊だつたとは言へ、私にとつても娘にとつても、以前より遥かに心地よい生活環境が出現したことは確かです。
玄関から入つた空気が廊下をぐるりと回りながら、家の中を隅から隅まで流れるといふ感じです。

「一度完璧に片づいた状態を劇的に体験すると、以前の散らかった状態にもはや戻れなくなります」
といふこんまりさんの言葉を読みながら、
「これはまつたく私の『中』についても同じことだな」
と思ふ。

信仰生活といふのは、謂はば
「自分の内面を完璧に片づいた状態にする」
ことを旨とするものでせう。

私たちの悩みの多くは、自分の中が雑然と散らかつて秩序がない状態に由来する。
何に価値を置いて最優先すべきか、漠然としてゐる。
問題の原因と責任はいつも自分にあるといふことを肯定できず、つい他を批判してしまふ。

このやうな内面の片づけは毎日毎日根気よく続ける必要もあるとは思ふ。
しかし、何らかのきつかけでその変化を短期に劇的に体験することができれば、それ以前の散らかつた状態の自分には二度と戻りたくなくなるでせう。

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Admin:kitasendo