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まるくまーる(旧・教育部長の講義日記)

私に大いなる舞台を与へてください

2020/02/25
瞑想三昧 0
20200225

地球が自転して太陽に背を向けると暗黒になるが、もう少し回り続けるとまた太陽のはうを向いて明るくなる。

これを私の意識は
「やあ夜が過ぎて朝が来た、また1日が始まるぞ」
と思ふ。

地球が回り続けるのは自然のことで、これはなるがままに任せるしかない。

しかしそれを
「朝が来たので頑張らう」
と思ふのも
「また嫌な1日が始まる」
と思ふのも、自然とは関係のない私の「意識」です。

自然はなるがままに流転するが、それをどう判断するかは私の意識にかかつてゐます。
当たり前のことを言ふやうに見えますが、この意識の働きに「私の責任分担」がある。
言ひ方を変へれば、「私といふ意識」がなければ責任分担もない。

神様の被造世界は私の肉体も含めてあるがままの自然であり、それをどのやうに判断するかは私の意識にかかつてゐます。
潜在意識まで自然に含めてもいいかも知れません。
さうなると、自然が99%で、私の意識は1%です。

判断は1%の意識に任されてゐます。
かと言つて、自由勝手に判断していいといふわけではない。
また何らかの判断を下したとしても、それが最善の判断であるかどうか、私には分からない。

例へば、私の未来について
「これから私は何をすべきか。どこに向かふべきか」
と私が考へるとします。

私は何でも考へることができます。

事業を成功させて大金持ちにならう。
趣味を深めて生活に彩りをつけよう。
これまでの生き方を改めて新しくやり直さう。

何でもいいのですが、そもそもなぜ自分はそのやうに考へるのだらう。
私は誰かとよく相談して、そのやうな考へを持つたのでせうか。

99%の自然とよく対話し相談するのが良い方法ではないかと思ひます。

自然は私の意識が活動できる舞台なので、
「私に大いなる舞台を与へてくれませんか。私はその舞台で一流の俳優になります」
と相談を持ち掛けてみる。

俳優は一流になりたくても、舞台がなければ実力を現すことができない。
どんなに舞台が立派でも、一流の俳優がゐなければ舞台はただの虚しい空間に過ぎない。
共存関係です。

自然の中には私を抱擁する無限の無意識と、さらにその奥に神様につながる良心がある。
相談すればインスピレーションがいくらでも準備されてゐると思ひます。

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