おばあちやんレポート
前回の記事でおばあちやんに教へられたことを書きました。
「私は私の正義を捨てる」
といふことです。
捨てると言つて簡単にすべてを捨てるのは難しいのですが、努力する数日間の様子をお伝へしてみようと思ひます。
ともかく、おばあちやんの様子が随分落ち着いてきました。
毎晩必ず連射されるおばあちやん砲
「(孫の)2人は今夜帰つて来るのか」
が10連射から3連射くらゐに急減してゐます。
最低1,2回は聞くのですが、3回目くらゐになると
「今夜はこんなに遅くなつて、もう帰つて来んだらうね」
と自分で納得して、えらく素直に寝室に行きます。
私はと言ふと、あまり自分の正義に拘らない努力をする。
翌朝のご飯を気にかけて
「明日のご飯は足りるかね?」
と何度も繰り返し聞く。
私がその度に
「確かめてみたら?」
と答へると、覗きに行つて
「2人なら足りさうだね。子どもらは帰つて来んよね?」
と物分かりがいい。
それでも玄関の電気は点けるのが習慣になつてゐるので、おばあちやんは時々玄関に行つては灯りを確かめる。
以前は8時を過ぎて灯りが点いてゐれば私が消しに行つてゐたのですが、今はおばあちやんが寝るまで点けたままにしておく。
風呂から上がると、時々パジャマを下に着て、その上に下着を着て現れることがあります。
「おばあちやん、面白い着方をしてゐるね」
と揶揄ふと、
「さうかね? それは知らんかつた。まあこのまま寝て、明日起きてから着替へよう」
と言つて布団に入る。
まあそんなふうに、私の正義を押し付けない。
なるべくするがままに任せて枠にはめないやうに自由にさせてみると、おばあちやんは態度が穏やかになつて、あまり孫の心配をしなくなるのです。
おばあちやんの変化としてもう一つ気がつくのは、今まで言つたことがない昔の思ひ出を時々話すやうになつたこと。
それから、先々の段取りまで頭が回つて私に教へてくれることが時々あること。
「おばあちやん、こんなに頭が働くのか。6,7年前くらいに戻つた感じだ」
といふ驚きを覚えるほどです。
我ながら、これまで私が相当おばあちやんを押さえつけてゐたのかなと思ひます。
おかしな行動をすると、すぐに正さうとする。
正しい(と自分が思ふ)事実を教へて納得させようとする。
さういふ態度がおばあちやんの心をぎゅつと握つて抑圧感で不自由にさせてゐたのかも知れない。
抑圧されると心は不自然な動きをし始め、出口を探して要らぬ心配が我知らず湧いてくる。
だからのべつ孫の帰りばかりを心配する。
さういふ悪循環だつたのかも知れないと、今にして思ひます。
今夜は9時過ぎにおばあちやんを寝室に連れて行き、私は食堂でこの記事を書いてゐると、寝室のはうからおばあちやんの陽気な鼻歌が聞こえて来る。
覗いてみると、得意の「雨降りお月さん」を布団を首までかぶつて、朗々と歌つてゐます。

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